TPPに対する私見
3月15日、大方の予想通り安倍首相はTPP交渉への参加を表明しました。交渉参加を決めるのは、アメリカでは議会の承認が必要なんですが、日本では政府の専管事項なので官邸主導で進めると言っています。法的な根拠はあるんでしょうね。
我が家では、日本農業新聞と日本経済新聞を取っています。この両紙では、TPPに対する見方は当然ながら正反対ですが、ある日の日経の「大機・小機」欄に、食料自給率40%がそれほど大事な事かとあったのには、流石に驚きました。ずいぶん昔になりますが確かソニーの会長が、「日本の農家が全部生産を止めて農産物を輸入すれば、日本の産業界が世界中に製品を売れるからその利益で、日本中の農家を養ってやる」と公言した事があります。
農産物自由化が議論されるよりもっと前だった様な気がしますが、すでにその頃から経済界は、農業を無視していたわけでしょう。そのSONYが巨額の赤字で苦しんでいるのをみると、企業などもろいものだと実感しています。「価格破壊」と言って安売り宣言したダイエーも、先に自分が破壊されてしまいましたね。
農業新聞によれば、TPPに参加しても産業界には、それほどの利益はもたらされないと言われています。一方で日経新聞では、TPPに加盟しなければ日本の産業界に未来は無いかの様に言いつのっています。まずこの両者が、公の場で討論したらどうでしょう。
過日天童市で、「農を変える東北集会」が開催され、東京大学大学院教授の鈴木亘弘先生のお話があったので出席したと、大潟村の友人からメールが来ました。先生はテレビなどでも議論しておられる様ですが、相手は財界の手先になった大勢力。慶応大学の金子先生とのお二人だけがTPPに反対で、しかもテレビ局自体が番組の設定そのものから、鈴木先生らを抑え込もうと言う姿勢が見え見えだったそうです。特に酷いのは日テレだそうですが、何しろ読売巨人軍の親会社ですからこれは当然でしょう。やっぱり野球は、阪神タイガースですね。
農の現場にいる一百姓としては、たとえば米の関税が無くなったとして、果たして農水省が言うように日本の稲作が壊滅状態になるのか、少々疑問に思う所はあります。例えば我が家では、まず絶対に米作りは止めないでしょうね。幾ら安くて美味しい米が手に入っても、私は家族や親戚の者たちのために、米作りを続けます。私の米でないと嫌だとおっしゃって下さるお得意様がおられる限り、規模も縮小する必要はありません。ただ、輸入品の米がどんどん安くなって行けば、現在の価格は維持出来ないでしょう。
今でも完全なコスト割れなのに、米作りを止めない農家が私の周りに一杯おられます。自分の食べる米くらいは自分で作りたいという、食糧危機に対する自衛心をDNAに持っている農家が、日本中に大勢おられるでしょう。販売を目的としない食料生産は、多分かなりな数量になるかと思います。縁故米も含めその周りにおられる一般の消費者を考えると、関税が0になっても、日本の米の生産量は相当な分量になると思うのですが。
ある日の農業新聞のトップ記事に、「30ha規模で農家自ら水田未来像」というのがありました。岩手県花巻市の例ですが、ここでも10a当たりの生産費が8万円とあります。詳しい事はわかりませんが、これで低コスト化を目指すということですが、仮に10a当たり8俵の収穫があったとして、これだと1俵当たりの生産費が1万円。販売価格を幾らに想定されているのか分かりませんが、これでは関税が無くなれば完全に吹っ飛びます。
農水省の試算で、減反政策が無くなって自由に作付け出来る様になったら、米の価格は5千円程度に暴落する。そうなれば逆に国際価格との差が無くなって、競争力が出てくるから輸出も視野に入れて、日本の農業は革新的に変化するというのがありました。この価格で生産できる百姓は、おそらく日本にはいないでしょうから、これは無理ですね。幾ら机上の空論とは言っても、どうしてこういう理屈になるのでしょう。
自由貿易といい国際標準規格と言うなら、そもそもアメリカはヤードポンド法をメートル法に改めるべきでしょう。温度表示も華氏ではなく摂氏(℃)を使うのが当然でしょう。かつて我々が派米研修10周年記念大会を東京で開催した折、貿易自由化を言って日本に車を輸出したいのなら、左ハンドルの車でなく右ハンドルの車を作ったらどうだと発言したところ、いつもいつもそれを言われて頭に来ると言ってましたが。それでもアメリカの、何でも自分は正しいという独善は直りませんね。
30年ほど前になりますが、当時農場のマネージャーをしておられた鯨岡さんのご案内で、カリフォルニアの国府田農場を見せて頂いた事があります。1,300haの広大な農場は私の町の耕地面積と同じほどなのに、其処に有ったのは一枚の農場だけ。逆に我が町には4,400戸の家があり、13,780人もの人間が住んでいます。
日本にはいわゆる中山間地が多く、平野部でさえも緩やかな傾斜があり雨量に恵まれた事とも相まって、綺麗な水と肥沃な土壌のお陰で美味しいお米が作れるのですが、こんな自然条件の違いを全て無視して、生産コストだけを比較するのは無茶苦茶でしょう。例えば日本と比べれば雨が極端に少ないアメリカでの2年間の農場実習で、畦の草刈などと言う作業は全く必要有りませんでした。然し日本では、水田では田植え前と稲の出穂前と稲刈り前の3回の草刈りは必須ですが、周辺の環境を考えると最低でもあと2回は草刈が必要になります。高コストになる一因です。
加えて平均的な生活水準があります。日本の農産物価格が高いのは、我々農家の責任だけでは無いのです。肥料も農薬も農業機械も流通コストも何もかもおそらく世界一高いのに、農産物だけどうしてどうやれば国際価格に対抗できるのでしょう。日本の農産物は世界一高品質だから、世界中の富裕層に売れるという農家もおります。日本の基準で高品質でもそれは日本料理を基準に考えたらの話で、世界に通用するとは限りません。
ヨーロッパでは一般に、日本ではジュース用にしか出荷できない様な果物が流通しています。日本の果物は美味しくて素晴らしいが、安い果物を3個食べる方が健康に良いと考えるヨーロッパの人に、果たして日本の基準が通用するでしょうか。いわゆるガラパゴス化した日本の基準を元にして、日本の農産物が世界中に売れると考えている農家も居て、こんなのがテレビに出てTPPへの参加に賛成などと言うのです。
TPPに参加すれば、価格競争で圧倒的に不利な国産農産物は壊滅状態になるでしょう。TPP参加に賛成という人は多分産業界の金持ちで、「矢っ張り魚沼のコシヒカリは美味しいね」等と言って食べているのでしょうが、こういう人達には貴重な国産農産物は売ってやらないという、「不売運動」をしようというのが私の持論です。
経済界には、日本に農業は要らないから関税を0にし、農産物は海外から好き放題に買えば良いという意見が蔓延している様ですが、ならばこの人達に署名をして頂いて、国産の美味しい農産物は口にしないと、誓約して貰うのはどうでしょう。奥さんが買い物に行かれても、レジでカードを出さないと国産の農産物は買えないシステムにしたらどうでしょうね。
具体的には昔の米穀通帳の様な機能を持ったICチップの入ったカードを作り、TPP参加反対の人にだけ渡します。もしこのカードを持たない人が国産の美味しいお米を買おうと思っても、レジではねられる事になります。「奥さんの所はご主人がTPP賛成でしたね。この魚沼のコシヒカリは買って頂けないのですよ。安くて美味しいと評判の中国産か、或いはオーストラリア産にして下さいね。アメリカのお米でもいいのですよ」と言う事になります。
漏れ聞こえてくるTPPの色々な条項の中で一番可笑しいのは、毒素条項とも訳される投資家・国家訴訟(ISD)条項でしょう。アメリカの企業にとって不利益な規制があれば、相手国を訴える事が出来るというのでは、このTPPが誰のために導入されるのか分かります。国家・国民の利益より企業の利益を優先するという考えは、どこから出てくるのでしょう。
明治の頃日本政府が、非常な難交渉の末に関税自主権を回復したと、歴史の時間に習った事を思い出します。それぞれの国が自国の得手の悪い部分を補って、産業を保護するのが関税の役割で、これこそ独立国家がそれぞれ自国を守るための、当然の権利なのでしょう。
貿易自由化というと、何故関税を0にすることが大前提になるのか、理解できません。自由化というなら売るほうの自由だけでなく、買う方にも買うか買わないかの自由があるべきで、強制的に購入を義務づけられるミニマムアクセスなど、論外かと思っています。関税0こそが正義で、受け入れられないのはその国がおかしいという理屈は、何処から来るのでしょう。
農産物の関税率ばかり議論されていますが、率よりも量を議論する論調も見当たりません。これだけ大量の農産物を輸入している国は、他には無いでしょう。その上まだ買えと言うのですかと何故反論しないのでしょう。農産物価格が高騰している現在、もし関税を0にしたら、未来永劫日本に農産物を低価格で売ると約束出来ますかと、農産物輸出国に聞いてみたらどうでしょう。
日本の農産物が高いのは、百姓のせいではありません。ぬけぬけと、日本の農家は規模が小さくて経営能力が無いからコストが高いんだと言った、評論家?面した馬鹿な女がテレビに出ていました。だから日本の米は国際価格の7倍にもなるのだそうです。それほど威張るのなら、日本の農機具を1/7の値段で売ってみたらどうです。アメリカの2倍以上も高いガソリンも少なくとも半値で売ればいいでしょう。
TPPが大好きな経団連の米倉弘昌会長は住友化学の会長です。私は肥料販売店も経営していて住友肥料を売っていますが、肥料や農薬の価格を半値以下にしてくれたら、我々も米価の切り下げに同意します。国際競争力が無いのは農業に従事する百姓に能がないからだと言われても、笑うしか無いのです。
土地・労働・資本と言われますが、その全てに国際競争力が無くなって来たから、産業界は海外に拠点を移しています。農業界にそれを言うなら、自分たち産業界・経済界こそ、日本国内で生きていくための経営努力が足りないと言うべきでしょう。我々百姓は、経営手段である土地を持って、海外には行けないのです。
安倍内閣は、金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の「3本の矢」で経済再生を狙う大胆な金融緩和を唱え、日本銀行は2%の物価上昇率目標を導入する事になりました。一方で大手スーパーや電化製品量販店による安売り競争は止まりません。他店徹底対抗などと言って、近所の店より1円でも高ければ、広告などを指し示して交渉すれば安くなるとか。極端な店は、ネットの価格にも対抗すると言っています。これでは物価が上がる見込みはありませんね。
ネット販売が安いのは店舗を持たないので、店舗の建設費も維持費も従業員の人権費も要らないから。量販店がネット価格と競争しようとする方が、最初から無理なのです。それでもネット価格より安く売ろうとするなら、イオンの岡田卓也名誉会長の様に、「価格決定権をメーカーから取り上げ」、大量仕入れ大量販売を理由にメーカーの出し値を叩くしか有りません。これが田舎の小さな商店街を潰しています。
我々が問屋で仕入れるよりも安い値段で、全国チェーンのコメリという農業資材の量販店が農薬などを販売しています。大量仕入れをすれば安く買えるというシステムも、少量仕入れの小さな店の犠牲の上に成り立っています。メーカーは大量に買ってくれる得意先では利益が出せないで、過剰設備の操業率を維持するためにだけ生産をしているのです。
物価目標2%を達成するのはそれ程難しい事では有りません。日本中の店が揃って、値段を2%上げたら良いのです。販売店が販売価格を上げれば当然仕入れ価格も上げられるわけで、日本の産業界には起死回生の策になると思うのですが。勿論賃金も同時に上げるべきでしょうね。
我々小さな農家や商店の生き残る道を模索しています。その中で、コストを切り下げ大量生産すると言う方法には限度が有ります。逆に資材や労力は掛かるが、誰にも負けないほど品質の良い農産物を生産すると言う方法もあります。安いことを売りにしている量販店では、隣にもっと安く売る店が出来たら客はそっちへ流れるので最後は仕入れ価格・販売価格だけの競争になるでしょう。農産物も同じで、「本当に美味しい物を食べて仕舞うと人間は不幸になる」と聞いたことが有ります。一度最高に美味しい物を食べると、次から何を食べても美味しいという感動が無くなると言う意味なのですが。
本当に美味しい果物を後輩達から仕入れている我が家では、その辺りのお店で果物を買おうとは思いません。しかも講習を担当した後輩達がそれぞれ経営者になって無理が言いやすくなって、少し傷があって市場出荷出来ない様なB級品を、自家用品として送って貰います。極端な例では、富有柿を作っている和歌山の後輩は、少し穫り遅れて色が濃すぎたり大きすぎて市場に出荷出来ない様な極上品を、我が家に送ってくれます。彼の富有柿を食べると、今年も秋が来たなあ、もうすぐ冬やなと思うのです。ミカンも和歌山の後輩8人から毎年届きますが、彼らは私の所に送る時は一番気を使うと笑います。その中で誰のミカンが一番美味いのかは、私だけが知っています。
お米で言えば、農家は自分の作っている田の中で、何処の田の米が一番美味いのか誰でも知っています。しかし可笑しいのは、農協が買い入れる検査では、米の味は一切関係ない事でしょう。ご承知の通り米の検査では、見掛けだけの1等・2等~を決めるだけで、味は全く検査対象になりません。従って、農家は美味しい米を作っても農協に出荷する限りでは、何の得も無いのです。今では食味計を使って比較的簡単に米の味を点数化出来る様になりました。もし農協が買い入れるときに、検査項目に食味値を取り入れて値段を決めるシステムを取り入れたら、農家はもう少し品質に神経を使うようになるでしょう。
旅行などで外食して感じるのは、何でこの料理屋や旅館はこの値段でこの味の米しか提供できない?と言う疑問なのですが、初めから食味には無神経な作り方をした米しか流通していないと考えれば、納得出来ますね。仮に国際価格並に米価が下がって、スーパーマーケットに安い外国産の米が溢れても、自分は値段に拘わらず国産の美味しい米を食べるんだという消費者が居られたら、我々農家は生きて行けます。そういう意味ではTPP交渉参加で問われているのは我々生産者ではなく、消費者の方々の覚悟でしょうね。
減反政策が無くなれば生産者は作付けを3割増やせますので、生産量は2~3割増えるでしょう。これが米価を暴落させるのは目に見えています。価格が下がれば国際競争力が出来るというアホな意見もありますが、そんな値段で米を生産出来る農家は日本中探しても一軒も有りません。
今以上に価格が下がれば完全なコスト割れですので、特に米専業の大農家は米の生産を止めるでしょう。従ってもし減反政策を止めれば、米価は1年目は暴落し2年目以降は米不足で暴騰すると見ています。もしかしたら減反政策が無くなればその時点で暴落を見越して、米の生産から撤退する農家が出るかも知れませんね。辛抱のしどころだと思うのですが。
そもそも農協の米の買い入れ価格がおかしいのです。米の生産費は全国平均で16,000円/60kgと算出されているのに、13,000円を提示する神経がわかりません。何処の地方でも、小作する場合の手間賃などを決めて農家に知らせて来ますが、荒起こし・代掻き・田植え・稲刈り・乾燥調整とそれ ぞれの基準単価を提示しておいて、それらを合計した金額よりも低い米価で米を買い入れる無神経さには呆れます。
米価が仮に少しくらい安くなって生産コストを割り込んでも、今更止められんという農家の温情に悪のりして、農協は異常に安い価格で米を買ってい ます。しかしどんな値段で買い入れても、農協も経済連もそこから仕入れる米穀卸も販売店も、全部それぞれ幾らかの利益を上乗せして販売しています。彼らが赤字で商売することは絶対に有りません。なぜ農家だけが赤字でも米の生産を続けなければならないのでしょう。
我が家では、日本農業新聞と日本経済新聞を取っています。この両紙では、TPPに対する見方は当然ながら正反対ですが、ある日の日経の「大機・小機」欄に、食料自給率40%がそれほど大事な事かとあったのには、流石に驚きました。ずいぶん昔になりますが確かソニーの会長が、「日本の農家が全部生産を止めて農産物を輸入すれば、日本の産業界が世界中に製品を売れるからその利益で、日本中の農家を養ってやる」と公言した事があります。
農産物自由化が議論されるよりもっと前だった様な気がしますが、すでにその頃から経済界は、農業を無視していたわけでしょう。そのSONYが巨額の赤字で苦しんでいるのをみると、企業などもろいものだと実感しています。「価格破壊」と言って安売り宣言したダイエーも、先に自分が破壊されてしまいましたね。
農業新聞によれば、TPPに参加しても産業界には、それほどの利益はもたらされないと言われています。一方で日経新聞では、TPPに加盟しなければ日本の産業界に未来は無いかの様に言いつのっています。まずこの両者が、公の場で討論したらどうでしょう。
過日天童市で、「農を変える東北集会」が開催され、東京大学大学院教授の鈴木亘弘先生のお話があったので出席したと、大潟村の友人からメールが来ました。先生はテレビなどでも議論しておられる様ですが、相手は財界の手先になった大勢力。慶応大学の金子先生とのお二人だけがTPPに反対で、しかもテレビ局自体が番組の設定そのものから、鈴木先生らを抑え込もうと言う姿勢が見え見えだったそうです。特に酷いのは日テレだそうですが、何しろ読売巨人軍の親会社ですからこれは当然でしょう。やっぱり野球は、阪神タイガースですね。
農の現場にいる一百姓としては、たとえば米の関税が無くなったとして、果たして農水省が言うように日本の稲作が壊滅状態になるのか、少々疑問に思う所はあります。例えば我が家では、まず絶対に米作りは止めないでしょうね。幾ら安くて美味しい米が手に入っても、私は家族や親戚の者たちのために、米作りを続けます。私の米でないと嫌だとおっしゃって下さるお得意様がおられる限り、規模も縮小する必要はありません。ただ、輸入品の米がどんどん安くなって行けば、現在の価格は維持出来ないでしょう。
今でも完全なコスト割れなのに、米作りを止めない農家が私の周りに一杯おられます。自分の食べる米くらいは自分で作りたいという、食糧危機に対する自衛心をDNAに持っている農家が、日本中に大勢おられるでしょう。販売を目的としない食料生産は、多分かなりな数量になるかと思います。縁故米も含めその周りにおられる一般の消費者を考えると、関税が0になっても、日本の米の生産量は相当な分量になると思うのですが。
ある日の農業新聞のトップ記事に、「30ha規模で農家自ら水田未来像」というのがありました。岩手県花巻市の例ですが、ここでも10a当たりの生産費が8万円とあります。詳しい事はわかりませんが、これで低コスト化を目指すということですが、仮に10a当たり8俵の収穫があったとして、これだと1俵当たりの生産費が1万円。販売価格を幾らに想定されているのか分かりませんが、これでは関税が無くなれば完全に吹っ飛びます。
農水省の試算で、減反政策が無くなって自由に作付け出来る様になったら、米の価格は5千円程度に暴落する。そうなれば逆に国際価格との差が無くなって、競争力が出てくるから輸出も視野に入れて、日本の農業は革新的に変化するというのがありました。この価格で生産できる百姓は、おそらく日本にはいないでしょうから、これは無理ですね。幾ら机上の空論とは言っても、どうしてこういう理屈になるのでしょう。
自由貿易といい国際標準規格と言うなら、そもそもアメリカはヤードポンド法をメートル法に改めるべきでしょう。温度表示も華氏ではなく摂氏(℃)を使うのが当然でしょう。かつて我々が派米研修10周年記念大会を東京で開催した折、貿易自由化を言って日本に車を輸出したいのなら、左ハンドルの車でなく右ハンドルの車を作ったらどうだと発言したところ、いつもいつもそれを言われて頭に来ると言ってましたが。それでもアメリカの、何でも自分は正しいという独善は直りませんね。
30年ほど前になりますが、当時農場のマネージャーをしておられた鯨岡さんのご案内で、カリフォルニアの国府田農場を見せて頂いた事があります。1,300haの広大な農場は私の町の耕地面積と同じほどなのに、其処に有ったのは一枚の農場だけ。逆に我が町には4,400戸の家があり、13,780人もの人間が住んでいます。
日本にはいわゆる中山間地が多く、平野部でさえも緩やかな傾斜があり雨量に恵まれた事とも相まって、綺麗な水と肥沃な土壌のお陰で美味しいお米が作れるのですが、こんな自然条件の違いを全て無視して、生産コストだけを比較するのは無茶苦茶でしょう。例えば日本と比べれば雨が極端に少ないアメリカでの2年間の農場実習で、畦の草刈などと言う作業は全く必要有りませんでした。然し日本では、水田では田植え前と稲の出穂前と稲刈り前の3回の草刈りは必須ですが、周辺の環境を考えると最低でもあと2回は草刈が必要になります。高コストになる一因です。
加えて平均的な生活水準があります。日本の農産物価格が高いのは、我々農家の責任だけでは無いのです。肥料も農薬も農業機械も流通コストも何もかもおそらく世界一高いのに、農産物だけどうしてどうやれば国際価格に対抗できるのでしょう。日本の農産物は世界一高品質だから、世界中の富裕層に売れるという農家もおります。日本の基準で高品質でもそれは日本料理を基準に考えたらの話で、世界に通用するとは限りません。
ヨーロッパでは一般に、日本ではジュース用にしか出荷できない様な果物が流通しています。日本の果物は美味しくて素晴らしいが、安い果物を3個食べる方が健康に良いと考えるヨーロッパの人に、果たして日本の基準が通用するでしょうか。いわゆるガラパゴス化した日本の基準を元にして、日本の農産物が世界中に売れると考えている農家も居て、こんなのがテレビに出てTPPへの参加に賛成などと言うのです。
TPPに参加すれば、価格競争で圧倒的に不利な国産農産物は壊滅状態になるでしょう。TPP参加に賛成という人は多分産業界の金持ちで、「矢っ張り魚沼のコシヒカリは美味しいね」等と言って食べているのでしょうが、こういう人達には貴重な国産農産物は売ってやらないという、「不売運動」をしようというのが私の持論です。
経済界には、日本に農業は要らないから関税を0にし、農産物は海外から好き放題に買えば良いという意見が蔓延している様ですが、ならばこの人達に署名をして頂いて、国産の美味しい農産物は口にしないと、誓約して貰うのはどうでしょう。奥さんが買い物に行かれても、レジでカードを出さないと国産の農産物は買えないシステムにしたらどうでしょうね。
具体的には昔の米穀通帳の様な機能を持ったICチップの入ったカードを作り、TPP参加反対の人にだけ渡します。もしこのカードを持たない人が国産の美味しいお米を買おうと思っても、レジではねられる事になります。「奥さんの所はご主人がTPP賛成でしたね。この魚沼のコシヒカリは買って頂けないのですよ。安くて美味しいと評判の中国産か、或いはオーストラリア産にして下さいね。アメリカのお米でもいいのですよ」と言う事になります。
漏れ聞こえてくるTPPの色々な条項の中で一番可笑しいのは、毒素条項とも訳される投資家・国家訴訟(ISD)条項でしょう。アメリカの企業にとって不利益な規制があれば、相手国を訴える事が出来るというのでは、このTPPが誰のために導入されるのか分かります。国家・国民の利益より企業の利益を優先するという考えは、どこから出てくるのでしょう。
明治の頃日本政府が、非常な難交渉の末に関税自主権を回復したと、歴史の時間に習った事を思い出します。それぞれの国が自国の得手の悪い部分を補って、産業を保護するのが関税の役割で、これこそ独立国家がそれぞれ自国を守るための、当然の権利なのでしょう。
貿易自由化というと、何故関税を0にすることが大前提になるのか、理解できません。自由化というなら売るほうの自由だけでなく、買う方にも買うか買わないかの自由があるべきで、強制的に購入を義務づけられるミニマムアクセスなど、論外かと思っています。関税0こそが正義で、受け入れられないのはその国がおかしいという理屈は、何処から来るのでしょう。
農産物の関税率ばかり議論されていますが、率よりも量を議論する論調も見当たりません。これだけ大量の農産物を輸入している国は、他には無いでしょう。その上まだ買えと言うのですかと何故反論しないのでしょう。農産物価格が高騰している現在、もし関税を0にしたら、未来永劫日本に農産物を低価格で売ると約束出来ますかと、農産物輸出国に聞いてみたらどうでしょう。
日本の農産物が高いのは、百姓のせいではありません。ぬけぬけと、日本の農家は規模が小さくて経営能力が無いからコストが高いんだと言った、評論家?面した馬鹿な女がテレビに出ていました。だから日本の米は国際価格の7倍にもなるのだそうです。それほど威張るのなら、日本の農機具を1/7の値段で売ってみたらどうです。アメリカの2倍以上も高いガソリンも少なくとも半値で売ればいいでしょう。
TPPが大好きな経団連の米倉弘昌会長は住友化学の会長です。私は肥料販売店も経営していて住友肥料を売っていますが、肥料や農薬の価格を半値以下にしてくれたら、我々も米価の切り下げに同意します。国際競争力が無いのは農業に従事する百姓に能がないからだと言われても、笑うしか無いのです。
土地・労働・資本と言われますが、その全てに国際競争力が無くなって来たから、産業界は海外に拠点を移しています。農業界にそれを言うなら、自分たち産業界・経済界こそ、日本国内で生きていくための経営努力が足りないと言うべきでしょう。我々百姓は、経営手段である土地を持って、海外には行けないのです。
安倍内閣は、金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の「3本の矢」で経済再生を狙う大胆な金融緩和を唱え、日本銀行は2%の物価上昇率目標を導入する事になりました。一方で大手スーパーや電化製品量販店による安売り競争は止まりません。他店徹底対抗などと言って、近所の店より1円でも高ければ、広告などを指し示して交渉すれば安くなるとか。極端な店は、ネットの価格にも対抗すると言っています。これでは物価が上がる見込みはありませんね。
ネット販売が安いのは店舗を持たないので、店舗の建設費も維持費も従業員の人権費も要らないから。量販店がネット価格と競争しようとする方が、最初から無理なのです。それでもネット価格より安く売ろうとするなら、イオンの岡田卓也名誉会長の様に、「価格決定権をメーカーから取り上げ」、大量仕入れ大量販売を理由にメーカーの出し値を叩くしか有りません。これが田舎の小さな商店街を潰しています。
我々が問屋で仕入れるよりも安い値段で、全国チェーンのコメリという農業資材の量販店が農薬などを販売しています。大量仕入れをすれば安く買えるというシステムも、少量仕入れの小さな店の犠牲の上に成り立っています。メーカーは大量に買ってくれる得意先では利益が出せないで、過剰設備の操業率を維持するためにだけ生産をしているのです。
物価目標2%を達成するのはそれ程難しい事では有りません。日本中の店が揃って、値段を2%上げたら良いのです。販売店が販売価格を上げれば当然仕入れ価格も上げられるわけで、日本の産業界には起死回生の策になると思うのですが。勿論賃金も同時に上げるべきでしょうね。
我々小さな農家や商店の生き残る道を模索しています。その中で、コストを切り下げ大量生産すると言う方法には限度が有ります。逆に資材や労力は掛かるが、誰にも負けないほど品質の良い農産物を生産すると言う方法もあります。安いことを売りにしている量販店では、隣にもっと安く売る店が出来たら客はそっちへ流れるので最後は仕入れ価格・販売価格だけの競争になるでしょう。農産物も同じで、「本当に美味しい物を食べて仕舞うと人間は不幸になる」と聞いたことが有ります。一度最高に美味しい物を食べると、次から何を食べても美味しいという感動が無くなると言う意味なのですが。
本当に美味しい果物を後輩達から仕入れている我が家では、その辺りのお店で果物を買おうとは思いません。しかも講習を担当した後輩達がそれぞれ経営者になって無理が言いやすくなって、少し傷があって市場出荷出来ない様なB級品を、自家用品として送って貰います。極端な例では、富有柿を作っている和歌山の後輩は、少し穫り遅れて色が濃すぎたり大きすぎて市場に出荷出来ない様な極上品を、我が家に送ってくれます。彼の富有柿を食べると、今年も秋が来たなあ、もうすぐ冬やなと思うのです。ミカンも和歌山の後輩8人から毎年届きますが、彼らは私の所に送る時は一番気を使うと笑います。その中で誰のミカンが一番美味いのかは、私だけが知っています。
お米で言えば、農家は自分の作っている田の中で、何処の田の米が一番美味いのか誰でも知っています。しかし可笑しいのは、農協が買い入れる検査では、米の味は一切関係ない事でしょう。ご承知の通り米の検査では、見掛けだけの1等・2等~を決めるだけで、味は全く検査対象になりません。従って、農家は美味しい米を作っても農協に出荷する限りでは、何の得も無いのです。今では食味計を使って比較的簡単に米の味を点数化出来る様になりました。もし農協が買い入れるときに、検査項目に食味値を取り入れて値段を決めるシステムを取り入れたら、農家はもう少し品質に神経を使うようになるでしょう。
旅行などで外食して感じるのは、何でこの料理屋や旅館はこの値段でこの味の米しか提供できない?と言う疑問なのですが、初めから食味には無神経な作り方をした米しか流通していないと考えれば、納得出来ますね。仮に国際価格並に米価が下がって、スーパーマーケットに安い外国産の米が溢れても、自分は値段に拘わらず国産の美味しい米を食べるんだという消費者が居られたら、我々農家は生きて行けます。そういう意味ではTPP交渉参加で問われているのは我々生産者ではなく、消費者の方々の覚悟でしょうね。
減反政策が無くなれば生産者は作付けを3割増やせますので、生産量は2~3割増えるでしょう。これが米価を暴落させるのは目に見えています。価格が下がれば国際競争力が出来るというアホな意見もありますが、そんな値段で米を生産出来る農家は日本中探しても一軒も有りません。
今以上に価格が下がれば完全なコスト割れですので、特に米専業の大農家は米の生産を止めるでしょう。従ってもし減反政策を止めれば、米価は1年目は暴落し2年目以降は米不足で暴騰すると見ています。もしかしたら減反政策が無くなればその時点で暴落を見越して、米の生産から撤退する農家が出るかも知れませんね。辛抱のしどころだと思うのですが。
そもそも農協の米の買い入れ価格がおかしいのです。米の生産費は全国平均で16,000円/60kgと算出されているのに、13,000円を提示する神経がわかりません。何処の地方でも、小作する場合の手間賃などを決めて農家に知らせて来ますが、荒起こし・代掻き・田植え・稲刈り・乾燥調整とそれ ぞれの基準単価を提示しておいて、それらを合計した金額よりも低い米価で米を買い入れる無神経さには呆れます。
米価が仮に少しくらい安くなって生産コストを割り込んでも、今更止められんという農家の温情に悪のりして、農協は異常に安い価格で米を買ってい ます。しかしどんな値段で買い入れても、農協も経済連もそこから仕入れる米穀卸も販売店も、全部それぞれ幾らかの利益を上乗せして販売しています。彼らが赤字で商売することは絶対に有りません。なぜ農家だけが赤字でも米の生産を続けなければならないのでしょう。