田中神社例大祭

 5月4日午後から、田中神社の例大祭が執り行われました。最初に南市区の惣社神社へお参りし、社頭で記念撮影。此処から傘鉾の奉納巡行が始まります。私は南市区の傘鉾巡行に傘警護の役目で加わって、傘鉾の前を歩いて田中神社へお参りしました。   

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 途中で我が家へ立ち寄ってくれ、お祭りに帰っていた佐紀子とゆうなも交えて、全員で記念撮影。

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 道中で天気が急変して突風が…。今日は100%雨にはならないと思って雨具は家に置いてきたので、軽トラで伴走していた佐千夫に取りに帰らせました。 

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 仁和寺での「ま組」との出会いのあと、横橋では「つ組」と出会い。そのあと、馬場区の佐多神社へお参り。社殿の周りをぐるっと回ります。

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 佐多神社から馬場区の会議所経移動中、雨が降って来て慌てました。上手い具合に会議所で傘鉾を杭に括る前に、雨具を掛けられて難を逃れました。

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  田中神社石段下で、流鏑馬が弓の手神事を披露。馬の足元が滑らない様に、枠の中は砂場にしてあったのですが、後任の役員が事情も知らず埋めて仕舞いました。

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 一の的まで下がって、流鏑馬が扇の手神事。まず、佐多神社の宮守からお神酒を受け、馬の首に掛け次に自身も口に。

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 赤飯のお供えを頂いてから、日の丸の扇を使って「扇の手」神事を披露します。終わると扇をたたんで左肩越に投げるのですが、誰でも拾って良いとはいうものの、矢張り乗り手の元へお渡ししています。

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 流鏑馬の2度の走馬の後で、「ま組」「つ組」と我々「り組」の傘鉾が参道を通り、神社社頭へ登ります。

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 実は流鏑馬の神事を写すのに、参道を何度も上ったり下ったりしたのですが、雨が上がって本当に良かったと思っています。

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 神社の境内へ上って、田中神社宮司が祝詞を上げておられる間に、母の結婚衣装で飾りつけをした、南市区の傘鉾の前で記念撮影。

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 神社社頭での行事が全て終わると、大幣を先頭に田中神社宮司・巫女・田中神社役員と、我々傘鉾一行・流鏑馬が渡御に向かいます。

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 全ての行事が無事終わって南市区会議所へ戻ると、昨日の役員が二人で傘鉾から着物を外してくれました。

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 傘鉾巡行でお世話になった役員さん達は、美代が準備してくれた手料理で接待。これで田中祭の全行事が終わりました。

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田中祭・宵宮太鼓

 3日の夜、田中祭の宵宮太鼓が区内のお宅を訪問します。勿論田中神社へお参りするのが本来の目的ですが、そのほか祝い事のあったお宅などを訪問します。

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 我が家へは、今年は傘鉾を奉納する傘宿という事で来てくれました。

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 全員が揃ったところで、「伊勢音頭」を唄って祝ってくれます。

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 ビールとお酒の純米大吟醸「かじや村」を準備。勿論、美代の作った鯖の寿司やオードブル、おつまみなども準備。

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 佐千夫もゆうなを抱いて参加。

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 佐紀子は同級生が居たとか。

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 我が家は3軒目か4軒目だったようで、料理は余り売れませんでした。

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南市区の宵宮渡し

  南市区の宵宮渡しは、惣社神社を午後1時半にスタート。例年なら傘宿を出発して惣社神社へ向かうのですが、今年は会議所で傘鉾を組んだので、まず傘宿の我が家へ移動。

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  隣家の所有地なので手を出せなかったのですが、こうやって記念撮影してみると草が邪魔なので、この部分だけでも刈る予定です。

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  改めて惣社神社へ戻り、神社へ参拝したあと全員で記念撮影。

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  惣社神社で傘鉾と一緒に記念撮影。

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  南市の大通りを宵宮渡し

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  太鼓を担いでいる棒が肩に載る部分に、会議所の座布団が巻いてあります。出発してから気が付いて、4日の例大祭には綺麗なバスタオルに換えさせました。

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  この辺りは人家が途切れています。

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 宵宮渡しが終わって、南市区の会議所で一服。美代が作ってくれた鯖の寿司とオードブルで、接待しました。

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 ビールの外には、我が家で生産した山田錦を使って吉田酒造で醸造された、純米大吟醸「かじや村」も準備。

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傘鉾の飾り付け

 5月4日の田中神社例大祭には毎年、三田・佐賀・上寺地区の「ま組」、馬場・下ノ城・仁和寺・沖田地区の「つ組」に、我が南市区の「り組」からそれぞれ傘鉾が奉納されます。南市区では傘鉾を奉納する傘宿は、結婚し所帯を持った順で夫婦健在な家が務める事になっているのですが、なかなかすんなりとは受けては貰えないのです。

 毎年何軒も回って断られているのを聞いていましたし、私が関係した何年かもかなり苦労した覚えが有ったので、最後は我が家で受けるからと責任者の町代に話しておきました。結局順番は跳びましたが、今年の傘宿は我が家になりました。

 私の母は田中郷へ嫁いで来ると、田中祭の傘鉾に結婚衣装を掛けるので、その積りで準備して来たと何度も話していました。しかし父が早く亡くなり、母も順番が回って来るのを見ずに他界しました。

 そのため私達夫婦が傘鉾を出すに当たっては、母の思いの詰まった嫁入り衣装を掛けようと早くから決めていて、蔵の二階の長持から90年振り?に打掛を出して来ました。

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 糸だけでなく生地自体も弱っていて、和裁をしておられる友人の奥さんの所へ、打ち掛けを持って行って相談し補強をお願いしました。2日程して持って来て頂いたのですが、これ以上は破れそうで怖いと言われました。勿論その後は何日も掛かって、美代が糸で刺して補強したのですが。

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 3日9時から南市区の会議所で、傘鉾を張って頂きました。最初に3本の帯をこんな形に組んでおきます。この形は、以前お隣の小父さんと一緒に担当した時、どう組み上げるのかどうしても分からず、二人で紙で模型を作って納得。

 やって見ると簡単で二人で大笑いした記憶が有ります。今では紙の模型が代々受け継がれています。

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 3本の帯は糸で仮止めしておき、最後に傘鉾の上から被せます。

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 傘鉾に打掛・黒留袖・長襦袢を掛け、大体の長さを決めて洗濯挟みで周囲を止めてゆきます。

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 傘鉾は上から針を刺す者と、傘の下で待っていて下から刺す者とのコンビで仕事をします。

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 下掛けを通して着物を針と糸で仮止めしてゆきます。

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 傘鉾の天井部分には、着物の上半身部分と袖が載っています。緩まない様に全部糸で止めます。

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 打掛・留袖・長襦袢の間を、3本の帯が埋めます。下張り・着物・帯を全部糸で止めるので、なかなか針が通らないのです。千枚通しを使う事もあります。

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 打掛・留袖・長襦袢に3本の帯それぞれの長さを調整して、下が一直線になるよう糸で止めて出来上がりです。

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 傘鉾の飾り付けは予定通り12時に終わったので、お世話になった役員さんには区から準備して貰ったお弁当の外、美代が作ってくれた鯖の寿司を準備しました。

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プロフィール

 平井 貞夫

Author: 平井 貞夫
 かじや村は鍛冶屋村。私の住む戸数10戸の小字名。
「かじや村便り」は平井農産のホームページに載せていましたが、平成22年5月号からブログへ移行しました。
 青文字の部分をクリックして頂けば、関連するブログやホームページへ移動します。
 
 滋賀県高島市安曇川町田中  平井肥料店/平井農産

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