水路を改修

  昨日の午後から水路の泥上げ。右側が我が家でお預かりしている田ですが、元々4筆に分かれていたのを1枚に均したので、田の頭部分が相対的に用水路より低くなったのと、それまで前の耕作者が何年も泥浚えをしてなかった事もあって、年々田が乾きにくくなってきました。

  とりわけ昨年は、稲刈りをするために水を落としてもなかなか排水できず、田の両側に手溝を切ってもなお真ん中辺りの水が抜けなくて、コンバインが直進できず刈り穫りに難儀しました。

  昨年12月に畔際に入れた畔板も効果があって、段々と田面が乾いてきたのですがそれでもまだ少し軟らかいので、水路の向こう側の地主さんに通行をお願いし、バックホーで作業しました。

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  バックホーのバケットを法面成形バケットにしているので、こういう場合には作業性抜群。少しずつ横に移動しながら川底の泥を浚えて、我が方の田の畔に落とします。

  水路には真菰(マコモ)が生えているのですが根が太くて硬く、とてもスコップで掘り上げられる程度ではありません。これが邪魔をして泥が溜まるので思い切って堀り取ました。

  実は、バックホーで入らせて貰いたいと思って地主さんにお願いしたところ、長年減反して草だらけの田なのに最初は渋っておられたのですが、バックホーでマコモを掘り上げたいと言うと、自分もスコップで掘ってみたが手に負えなかったと言って、やっと了解して貰えました。

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  ただ我が家のバックホーのアームは精一杯延ばしても、向こう岸の我が方の田の畔に泥を落とすのにはギリギリでした。時にはせっかく抄った泥を水路に落としたりも…。

  本当なら、積み上げた泥をバケットで押さえたかったのですが、それは無理。それでも1時間余りで水路の泥を綺麗に堀上げたので、水の流れは格段に良くなりました。

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  今日見に行って来ましたが、このままでも十分な位。もう少し田面が乾いて来れば、改めて我が方の田から川床を堀り、畔に載せた泥を押さえて綺麗に成形しようと思っています。

  上手くいけば川岸の畔も畔板の内側に、畔塗機かバックホーで畔塗りが出来るかも知れません。川床は10cmほど下がったし、これだけ手を尽くせば今年はもう大丈夫でしょう。

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広瀬小学校閉校式

  129年の歴史を持つ、広瀬小学校の閉校式がありました。この学校には昭和44年の秋に1ヶ月、51年には春に1ヶ月秋に3ヶ月だけなのですが、臨時講師で勤務した事があります。

  懐かしい先生方と再会したいと思って出掛けたのに、当時の先生とお会い出来たのは4歳年上のお1人だけ。既に鬼籍に入られた方も多く、いかんせん時間が経ちすぎていました。

  運動場が臨時の駐車場になると聞いたので、こういう風景は後にも先にも今日だけしかないと考え、軽トラの荷台に梯子を立てて少し高い所から写真を撮る積りで行ったのですが、せっかく準備して行ったのに後ろには更に高い雲梯(ウンテイ)が有り、結局写真はその上から撮りました。

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  受付が色々に分かれていてちょっと戸惑いました。それでも一応「恩師」の所へ行って名前を言い、名簿に載っているのを確認。ちょっとホッとして式次第や記念誌・記念品を頂きました。

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  福井市長が挨拶の中で、広瀬小学校が閉校になる経緯を説明されました。

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  滋賀県からは三日月知事もお見えになり、ご挨拶を頂きました。

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  全校児童の発表です。私が昭和51年に3年生を担任した時には、ヒノエウマの次の年に生まれた子供たちで非常に多く、児童数は1学年1クラスで44名でした。

  この学年は前年度までは児童数22人と23人の2クラスだったのに、春休みに1人転校して44人になって、定員一杯の1クラスになったのでした。ま、色々と大変でした。

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  現在の在校生はこれで全員ですがこれだけ児童数が少ないと、体育の授業ではチームスポーツなどは無理になりますね。

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  お終いは校長先生のご挨拶でした。

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  昔は体育館と言うより講堂だったのですが、新しくなって管理用の通路が2階に出来ていたので、殆どの写真は此処へ上がって撮ってあります。

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  校長先生と児童の代表が校旗を教育長へ返納し、すべての行事が終わりました。 

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  広瀬小学校は母の親元の下古賀にあり、記念誌で確認すると大正13年の卒業でした。廊下には古くからの卒業写真が飾ってあったのですが、流石にどれが母なのかは分かりません。

  校舎も体育館も建て替わっていて、私の中では懐かしさは余り無かったものの、式典で出会った地元の同級生は寂しくなるねと言っていました。母校が無くなるので当然ですね。

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乾燥機の修理

  昨年の秋仕舞の頃から何と無く乾燥機の調子が悪く、籾の張り込みや排出時に時折詰まって難儀したので、何時交換しようかと考えていたバケットのベルトが届きました。

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  我が家は収穫した籾をそのまま保管し、一年中籾摺りをして「今摺米」でお得意様へお送りしているので、乾燥機には何時も籾が入っています。まずバケットに溜まっていた籾を排出。

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  古いバケットのベルトを回して繋ぎ目でベルトを外し、新しいベルトを繋いでから古いベルトを引っ張って、バケットベルトを新品と入れ替えます。特に難しい作業ではありません。

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  新しいベルトが一周して戻ってきたら、古いベルトを外して新しいベルトの上下を繋ぎます。

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  乾燥機を空回しして、ベルトの張りと左右のブレを調整。

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  古いベルトは所々で擦り減って、ボルトの付け根でこんな風に裂けていました。

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  古いベルトからバケットを取り外し、ベルトとバケット、ボルト・ナットに分けます。これで完了。

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桜の切株の手当て

  十箱の藪で伐り倒した桜の樹は、新芽が出来掛けた時点で幹にチェーンソーを入れられたらしく、新芽はいしけて(石化て?)動く様な気配は有りません。

  この桜が大好きだった母が嫁いできた昭和13年には、既に相当な大木だったと言っていましたので、樹齢までは分かりませんがかなり古いのは間違いありません。

  23日は大正2年生まれで、6年前に97歳で亡くなった母の誕生日。何本か枝を持って帰って家の前の川端に漬けてみましたが、新芽が伸びて花が咲くことは無いのでしょうか。

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  22日に伐り倒し玉切りを済ませたあと、枝を始末していると近くの方が散歩に来られ、樹を伐ったのはかなり前やと言われました。初めは何の事か分らなかったのですが…。

  言われて初めて気付きました。伐り倒さなかったもう1本の桜の樹の幹は、樹皮を削られ無残な姿になっていました。これでも倒れなかったので、改めてチェーンソーで切ったのでしょうか。

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  桜の樹は思いの外堅かったので、切り口はスカッと面一にはなっていません。しかも古い樹なので、真ん中にはいくつもの空洞がありました。一応は古い歯ブラシで掃除したのですが。

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  切り口を綺麗にして、消毒と防腐を兼ねた薬剤を塗っておこうと、問屋さんからトップジンペーストを2本取り寄せました。200g入りのチューブだったのですが、使ったのは半分ほど。効果は2ヶ月程と聞いたので、折を見てまた塗ろうと思っています。

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  伐り口を薬剤で処置した後は、肥料の空袋を被せてひもで括ってあります。これだけ手を尽くしても新芽が吹いてくる可能性は低いかと思うのですが、期待して待っています。

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山桜を切り倒し

  派米農業研修の後輩で、加古川に住んでいる造園業の熊谷君が、「きれいに伐採したら、また胴吹きしていずれ株立ちのサクラになるやろうと思います。切り口の脇から、またはその下の脇芽から枝が出来てくるので、時間がかかると思いますが、復活すると思います」と言ってくれたので、今日・明日とバイトが休みになった佐千夫に手伝わせて、桜の樹を伐りました。

  とは言え、元々切り付けられた位置は地上50cm余り。あまりにも低いため旨く処置できたとしても、胴吹きしてくれる保証は有りません。それでも、万分の一の可能性を信じてやっています。

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  チェーンソーで最後まで伐り切って仕舞うと株が跳ねて危ないので、最後はロープで引っ張って倒した方が良いとのアドバイスで、ロープはバックホーで引く準備もしました。

  水路にパレットを置いてその上に梯子を載せ、ようやく一番下の枝にロープを掛けたのですが、トラックで荷を止めるのに使うロープなので、果たして重い桜の樹を引き倒せるかどうか? 

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  まずは桜の樹の表側に、受け口となる部分を三角形に切り取ります。一度切り取ってこれでいいかと写真を送ったのですが、まだ少し小さいと指摘されたのでやり直しました。2度目は綺麗に下までは切り取れず、三角形になるはずの受け口はガタガタです。

  本来は、幹の直径の1/3~1/4程度の深さに切るということは知っていたものの、樹がかなり田の方に傾いて生えていたので、多分これで大丈夫だろうと判断したのですが。

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  次に裏側の少し上から、受け口の方向に切って行きます。桜の樹はかなり堅いうえ、我が家のチェーンソーはあまり切れ味が良くないので、ちょっと手古摺りました。

  普通はチェーンソーのエンジンに近い方を幹にくっ着けて切るのですが、そうすると何故か余り切れないのです。逆に先っぽの方が良く切れるので、鋸を使うようにして切っています。

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  後ろの追い口側から切って行くと、受け口の少し手前でメリメリと樹が倒れ始めました。幸い直ぐに後ろへ逃げられるように構えていたのと、樹が跳ねなかったので無事でした。

  切り倒した桜の樹の枝の先には、固く閉じたままの新芽が一杯着いていました。本来ならこの時期にはもっと開いていて、やがて綺麗な花が咲くハズだったのにと思うと、何とも無念でなりません。

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  切り口はガタガタで上手とは言えませんが、カービングしているみたいにして綺麗に切りなおしました。この後は殺菌剤のトップジンペーストを塗って、切り口を保護する予定です。

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  ドサッと倒れた桜の樹は、さて何処から手を付けようかという状態。しかし幸いにも佐千夫が話しをしておいた知り合いで、割木にしたいから譲って欲しいという人が見に来てくれました。

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  知人と午後から玉切りする予定で片付けをしていて、切り倒した桜の樹の幹にあった穴からポタポタと、樹液が流れ落ちているのを発見。まるで桜の精が涙を流しているかの様でした。

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  午後、配達から帰って来ると既にかなり玉切り(輪切り)が進んでいて、佐千夫が道路へ運び出しておいてくれました。 私も自分のチェーンソーで玉切りに参加。

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  手本を見せておいて、佐千夫にもチェーンソーを使わせてみたのですが、こういう作業は本当に気を使いますね。息子を信頼しない分けでは無いのですが、こわごわやらせています。

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  樹を切る原因を作った犯人は、予想どおりでした。昼に犯人の嫁が、夕方には本人が謝罪に来たのですが、そのまま素直に受け入れる気になれず、勿論無視して追い返しました。        
  同じ百姓として、とても許せる行為ではありません。

山桜の新芽が…

  ようやく暖かくなって田圃も乾いてきたので、冬の間の籾摺りで一杯になった籾殻ワゴンを空にしに行きました。しかし隣の「十箱の藪」の竹が枯れています。ん?何か変!

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  景色が何かおかしいので見に行って見ると…。枯れている竹は根元が切ってあり、誰がやったのかなと思っただけだったのですが、見上げるととっくに若葉が出ているハズの山桜が…?

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 どうやら桜の木の根元を輪切りにするため、邪魔になる竹を切った? それにしても、樹齢何百年にもなる山桜の大木であっても、こんな風に外周の形成層を深さ5cmも切られたら確実に枯れます。犯人はそのことを熟知している者なのでしょう。 

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  何で?と思ってもう一本の木を見上げても、新芽は出ていません。そんな馬鹿なと思って樹の幹を見ると、こちらも根元が輪切りされていました。

  明らかにこの2本の木を枯らせる目的で、誰かがやったものと思われます。しかし一体誰が? 私が生まれる前からこの藪は有ったのですが、この樹が邪魔なのは誰でしょう。

  この藪は昔から、我が家のものと南市の住人なら皆が認識しているので、犯人は何処か他集落の人間でしょう。もしかしたら隣の田を作っている小作人?

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  しかし我が家の藪の東側にあるこの圃場なら、稲作には何の影響もないのです。当然藪の西側にも圃場が有りますが、こちらの田の所有者はお隣さんで、長年減反にされています。

  植物の生理から言えば、朝日が当たる午前中の日照が大事なので、もしこの藪が邪魔だと考えたのなら、農家の資格は有りません。それとも落ち葉が邪魔だったのでしょうか。

  昨年までのこんな風に藪の中に咲く桜は、もう見られなくなりました。とりわけこの桜は、先年亡くなった母が大好きだったので、無念ですね。

山桜

  全く理解出来ない輩は何処にもいます。我が家の家の前の道路沿いの田に、1週間に1度くらいの割でピールの空き缶を捨てる奴がいます。どうやら自転車での通勤帰りらしいのです。

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  せめて同じ場所に捨てないものかと、かごを設置してそれまで捨てられていた缶を集めておきました。しかし何の効果もなくかごの中は私が集めた缶だけで、今朝も苗代用地にありました。

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  今はまだよく見えるのでいいのですが、稲が植わっていても平気で捨てるので困ります。この缶はもう少しでコンバインに巻き込むところでした。いくらアルミ缶でも刈刃が傷むかも…。

  山桜の木を切った奴もビールの缶を捨てる奴も、いずれも現場を押さえない限り特定できないのです。かといってずっと見張ってる分けにもいかず困っています。

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プロフィール

 平井 貞夫

Author: 平井 貞夫
 かじや村は鍛冶屋村。私の住む戸数10戸の小字名。
「かじや村便り」は平井農産のホームページに載せていましたが、平成22年5月号からブログへ移行しました。
 青文字の部分をクリックして頂けば、関連するブログやホームページへ移動します。
 
 滋賀県高島市安曇川町田中  平井肥料店/平井農産

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