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田植機を入手

  昨年6月29日の朝、田植えの準備をしていて、イセキ田植機の植付爪が一ヶ所回らなくなっているのを発見。急遽古いヤンマー田植機を出してきて凌ぎました。

  その日は燃料パイプを交換し、キャブレターや燃料タンクを大掃除して植えたのですが、7月9日には田植機そのものが動かなくなってドライブシャフトを交換。昨年の田植えは何とか終わったものの、6年前に従兄から貰った古い田植機では、今年の田植えはいささか不安でした。

  幸いネットオークションで、3反余りの田の耕作に使っておられたという田植機を見つけ、格安で落札。我が家なら1年でもっと痛めるんじゃないかと思ったほど綺麗でした。しかも従兄の田植機より少し年式が新しく、もしかしたらグレードも上?かもしれません。

型式は古いのですが…

  勿論部分的には所々錆びていますが、全体的には非常に綺麗。施肥機がミッドシップになっている最近の型は、機械的に複雑なうえ錆びやすく、植え付け部の後部に載っているこのタイプなら、施肥機部分を水でジャブジャブ洗えるので、程度の良い中古を探していたのです。

  トラックにはスノータイヤを填めてないので、道路の雪が殆ど溶けてしまうのを待って、27日に引き取りに行ってきました。お土産に我が家の純米酒「かじや村」を2本持参。

  1本は仲介業者の兄ちゃんに渡し、1本は「大事に使わせて貰いますので」との伝言をお願いして、田植機を譲って頂いた農家さんに届けて貰いました。

余り錆びて無くて綺麗な車体でした

  今年除雪に出たのは2回だけなのに、朝薄暗いうちに農道を除雪していて先っぽを引っ掛け、曲げてしまいました。これでは効率が悪いので思案中だったのですが…。

畦立機がひん曲がってしまいました

  ついでに、除雪でひん曲がった畦立機も代わりを入手。お酒を貰ったからと、こっちは半値以下にしてくれました。両方ともかなり綺麗なので、お買い得やったかなと思っています。

除雪用に中古の畦立機を入手

除雪と研修会

 昨日25日には、西日本各地に記録的な大雪が降ったというのに、滋賀県のチベットなどと悪口を言われる我が高島市には、雪らしい雪は降りませんでした。

 朝5時過ぎに市の除雪車が通ったので、子供たちの通学路だけは除雪するかなと、念のために出掛けたほど。積雪10cm程度かな。山手の方にある西隣の集落の入口で、市のシルバー人材センターから除雪に来ていて、次の山の麓の集落までの歩道は除雪したとのこと。

 元々私はそこで引き返す予定だったのですが、彼らが我が家から東の学校のグラウンド横をやってくれると思い、北の集落への農道をこの前よりかなり足を延ばして除雪。

歩道の雪は時々田圃へ

  しかしながら家の横まで帰って来ると、そこから学校までの歩道は除雪してなくて、北の集落からUターンして帰って来る時には、登校する子供たちに追い抜かれていたので、後追いになりましたがグラウンド横までの歩道を除雪。仕上げに我が家の前を綺麗にして、除雪作業は終了です。

家の前の道路を除雪

  9時頃には日差しがあって、気温が上がりまじめました。これでは雪は直ぐに解けてしまいます。それでも建物の陰になって雪が溶けない道路は、夕方雪がすっかり緩んでから除雪。山手の西の方へ少しですが上り坂になっているので、除雪しておかないと凍って危ないのです。

直ぐに朝日が当たって来ました

  今朝は気温-2度と寒かったのですが、水道が凍らないように元栓を閉めたうえ、洗濯機や風呂場などの蛇口は開放しておいたので無事でした。

今朝は綺麗に晴れました

 高島市から見れば琵琶湖の対岸にある彦根市で、農薬と肥料の問屋さんの研修会があり、琵琶湖大橋を渡って南回りで出掛けてきました。この冬が暖冬だったせいか、守山の菜の花は最盛期を少し過ぎていました。

守山の菜の花

  帰りはそのまま琵琶湖東岸を北上し、湖北の夕景を撮影。琵琶湖の西岸に住んでいると、夕日が湖に向かって沈んでいく風景は見られないので、我々湖西の住人には珍しいのです。

漁港からの夕日

  竹生島と夕日を一緒に写せるポイントを探して走りました。

夕日の撮影ポイントは難しい

  もう少し北の方へ行くと、ちょうど竹生島の上に夕日が落ちる場所があったのですが、そこへ行った時には既に日は蛇谷ヶ岳へ沈むところでした。

  つまり、夕日が沈んでいく辺りが高島市ということになります。このため高島を「西方浄土」に見立てて、死者を弔うという風習が湖東の方に有ったと聞いたことがあります。

竹生島に夕日

除雪に初出動

  昨夜12時で気温が1℃。積雪5㎝で降雪量も多くなかったので、今朝は多分大丈夫だろうと思って寝たのに、6時半過ぎに市の除雪車の音で目が覚めました。

  どうするか迷う程の積雪だったのですが、試運転を兼ねて除雪仕様のバックホーで出動。ホイールドーザーは道路の除雪はするのですが、歩道は誰も雪を除けないので、降雪量が多いと子ども達は歩道を避けて道路を歩きます。

  除雪した雪で狭くなった道路を通勤の自動車が通るので、これは非常に危険。溶け始めた雪なら、歩行者にお構いなしに跳ね掛ける事もあります。

暗くても歩道は大丈夫

  昨年までは行かなかった農道も除雪してみました。この農道は町内北西部の集落からの通学路になります。夏場は毎日圃場の水を見に通るのですが、雪の少ないときに危険箇所が無いかどうか、何処に排雪するか試しておきたかったのです。

農道は路面がガタガタなので

  これ位の雪なら除雪してなくても、スタッドレスを履いた車なら平気で走れるものの、交通弱者の子供や老人が歩くのには、少しでも歩道に雪が無い方が絶対に安全。

歩道は往復すれば完璧に除雪

  気になっていたグラウンド横の燃えるゴミ集積箱の側は、ギリギリながら2ヶ所ともバックホーで通れる事が分かったので、これから雪の日は早起きする事になりそうです。 

ギリギリ通れると判明

  少し雪が多いときは横がグラウンドのフェンスなので、この部分は雪を横へ押し出す事が出来ないため上手く除雪できるかどうか、ちょっと気になります。

グラウンド横のゴミ箱の側も大丈夫

  1時間余りで気になる通学路を往復し、歩道の除雪が済みました。雪が多いとこの部分の道路側は、除雪のホイールドーザーの排雪でもっと大きな雪の山になります。

  除雪車が通ると排土板に押されて、雪が歩道の上にまで覆い被さって来ます。これを放置すれば、いよいよ歩行者が歩ける部分は少なくなって仕舞います。

道路際には雪が残ります

惣社神社でどんど

  当初の天気予報が後ろにずれて、この時期にしては暖かくて心配していた雨も降らず、大勢の区民の皆さんに来ていただいて、惣社神社の「どんど」が無事に終わりました。

  予定通り午前7時に宮守さんが、惣社神社から頂いた元火で「どんど」に点火。

宮守さんがどんどに点火

  最初の内は南市区の三役と惣社神社の氏子総代、それに我々自警団だけの参加でしたが、日が昇るころには段々と火が大きくなって、区民の皆さんも大勢お見えになりました。

ようやく火が大きくなりました

  参加者の皆さんの中には、アルミホイルに包んでお正月のお餅を焼かれる方もありますが、「どんど」の熾火で焼いたお餅が思いの外美味しかったので、数年前から「どんど」のために改めてお菓子屋さんで前日にお餅を搗いて貰い、来られた区民の皆さんにふるまっています。

どんどの熾火でお餅を焼いています

  普段は雑煮にしたり善哉だったり、あるいはレンジでチンして食べる事が多いのですが、搗きたてのお餅を焼き餅にすると、少し焦げ目が付いてまた格別な味がします。

  当たり前ですが子供の頃は、おやつと言えばお餅やかきもち位しか無かったので、焦げ目の付いた焼餅は小さいころを思い出す懐かしい味でした。

焼き餅は皆さんにふるまいます

  今年は滋賀羽二重糯を2升準備しましたが、早朝から朝飯抜き?で参加した関係者が先に食べたので、一般の区民の方には十分ではなかった様子。特に遅く来られた方には全く食べて頂けなかったので、来年はもう少し増やしても良いかなと話しています。

焼き餅が出来上がってきました

  普段余り話したことが無い区民の皆さんと、「どんど」の火を囲んで四方山話が出来るのも楽しみ。子供さんが大勢来てくれるのもいいですね。来られた区民の皆さんと記念撮影。

  珍しく私が写真に写っているのは、自警団仲間の安原君が気を使って交代し、シャッターを切ってくれたためです。

参加者の皆さんと記念撮影

  何人もの方が書き初めを持って来られます。「どんど」の火にくべて、書き初めが燃えながら高く舞い上がると、書の腕が上がるんだとか言われますね。

書き初めを持って来られました

  子供さんの書き初めは高く舞い上がるよう、関係者が書き初めを竹に載せて「どんど」の火の上の方にかざし、上昇気流に載せる様にしています。

さて高くまで上がるかな

  11時前に「どんど」の火を落としました。今年は自警団員の参加者が多くて、火の管理も楽々でした。

  ブログに載せられなかった写真は、
  南市区HP:http://kajiyamura.jp/minamiichi-ku/index.htmlに載せています。

敦末は自警団の役割

四天王寺どやどや

  弟の所で不要になった家財道具を引き取りに、大阪へ行って来ました。マンションが四天王寺さんの南大門前にあり、昼食に出掛ける時には行き帰りに境内を通ります。

  四天王寺さんは改築中でしたが、工事をしていたのは日建設計と大林組。四天王寺と言えば創建当時から1400年間手掛けていて、本社も直ぐ近くにある四天王寺のお抱え宮大工・金剛組が工事をしているとばかり思っていたので、これは意外でした。何が有ったのでしょうね。

四天王寺さんは改築中

  今日はこの四天王寺さんで、午前中にどんどがありました。この立看板を見付けたのは「どんど」が終わってから。準備を見ていて15日かなと思っていたのですが。

 ( 写真はスペースの関係で看板を上下に分割し、横に並べた合成写真にしてあります。)

四天王寺さんでどんど

  お正月の注連縄やお飾りが、木枠の中に積み上げられていました。下の方にはあれっと思うような仏具も入っていて、かなり古そうな感じの物だったので気になりました。

どんどの準備

  比較的燃えやすい物ばかりだったようで、予定通り午後2時半過ぎには終了していました。

昼には終わっていました

  午後からお寺の境内で、「四天王寺どやどや」が行われていました。見掛けたのは四天王寺学園の四天王寺羽曳丘中学・高校の生徒さんだとか。ちょっと寒そうでした。

四天王寺どやどやが始まりました

  もしかしたら先頭は、高校の校長先生かな?などと勝手な想像をしていました。お天気は良かったものの風は冷たくて、熱気溢れる…と言う風では有りませんね。 

  もっとも写真を撮ったこの時点ではまだ行進が始まったばかりで、本番は赤ふんどし白ふんどしの若者が押し合いへし合をし、ケガをしない様に上から水を掛けるんだとか。

ちょっと寒そうで余り盛り上がっていませんね

  今日の昼食はラーメン。私は味噌ラーメンで佐千夫はモツ煮ラーメンとチャーシュー丼。味はまあまあだったのですが、外に出て店頭で生姜糖を買ってから気付きました。

  関西テレビの「よーいどん」と言う番組で放送され、 「となりの人間国宝」さんに認定されたと、額が飾ってありました。代金を支払いながら「人間国宝は親父さんですか?」と聞いたのですが、何で人間国宝に認定されたのかは聞きそびれてしまいました。ラーメンで…とは思えないのですが。

「となりの人間国宝」さんでした

  料理の味から言えば、こっちのお店の「ヒレカツ丼」の方が上です。佐千夫は「ロースカツ定食」でしたが、いずれもカツが抜群に美味しい上ご飯が美味しくて、満足しました。 しかも安い。

  「ヒレカツ丼」が750円、「ロースカツ定食」は1120円?やったかな。4月の引越の折には美味しかったので2回も行ったのですが、今回連れて行った佐千夫も大満足でした。

此処のカツ丼やカツ定食は美味しいのです

  ちょっと残念だったのは別のお店の「ウナギ丼」。佐千夫が食べたいと言うので、それなら頑張るかと並・上・を飛ばして特上を頼んだのですが、入っていたのは薄っぺらな小さいウナギが二切れ。店頭には炭焼きウナギ蒲焼きと書いてあって、如何にも美味そうだったのですがガッカリでした。

  それでもまあご飯は美味しかったので、文句を言わずに食べ終えました。でもこのお店の鰻丼、並が1000円、上が1500円、特上は2000円なんですよ。

頑張って特上を頼んだのですが…

雪が降らない

  年末に少し白くなった奥比良連峰ですが、天気予報では昨日から冷え込んで雪だるまマークも出ていたのに、昨日は激しい夕立で今日は日差しがあって暖かな一日でした。

  朽木スキー場も少し白かったのに、どうやら雪は消えた模様。残っているのは、奥比良連峰の最高峰である武奈ヶ岳だけ。これだけ暖かいと春の気分ですね。

奥比良連峰の雪が少なくなりました

  年末から咲き始めた庭の紅梅が満開に近くなってきました。桜切るバカ梅切らぬバカといいますが、全く手入れをしていないので枝は伸び放題になっています。

年末から紅梅が咲き始めました

  椿も満開が近づいて花が散り始めました。南側にあった杉の木を切ったので、その後で椿も切ると良かったのですが、こっちもそのままで屋根より高い巨木になっています。

斑入りの椿も満開

  川端のプランターの花も暖かい日が続くので、寒さで成長を止められることもなく元気いっぱい。

デイジー?

  お正月用に玄関先に置いた葉ボタンも、この陽気が続くと抽苔するのが早まるかも知れません。

葉ボタンは満開

  毎年の様に年末に茨城から届いたシクラメンは、色合いが普通なので私は気付かなかったのですが、美代は花弁の先がが尖って無いので新しい品種なんかなと言っています。

  送ってくれたのは派米研修の後輩ですが、シクラメンの交配をしていて新品種を作り出すのが得意。こちらはまだ一杯蕾が付いているので、これからが楽しみです。

シクラメンが咲いて来ました

謹賀新年

  明けましておめでとう御座います。本年も宜しくお願い致します。

  大晦日はテレビを見ながら迎春準備をするので、日付が変わってから休むことになり、朝はどうしても遅くなります。それでも元旦には午前中に年始回りを済まさなければならないので、結構バタバタしてしまいます。

 近所へ新年の挨拶回りをしてから、願寺の真光寺で元旦の修正会。その後は田中神社へお参りし、玉泉寺・稲荷神社・天神社・信光寺・惣社神社・行者堂・勝満寺の順にお参り。南市区の会議所で、区の三役や区民の皆さんに挨拶を済ませて帰ると、昼を回って仕舞います。

おめでとう御座います

  年末にみんなで作った門松の出来栄えが気になっていたのですが、最終的には宮守さんが紅白の葉ボタンを植え、白南天も添えて下さったので、立派になりました。

惣社神社

 それでも年始回りをしていると、あちこちの門松が気になります。左側のは玉泉寺の門松で、檀家総代の甚一郎さんの作とか。右側が惣社神社の門松です。

門松

 午後はゆっくりと年賀状の整理。頂いた何百枚もの賀状を郵便番号順に整理し、住所録に届いた日付を打ち込んで完了です。

毎年楽しみな年賀状

我が家の年末年始

 年末にはあちこちから頂いたお歳暮などで、非日常的な食生活になりますが、大晦日には後輩から届く北陸の立派なブリがそのシメになります。

 最初の頃はお互い自分の農産物を交換していたのですが、だんだんとエスカレート? とはいえ無茶苦茶美味しいので、申し訳ないとは思いながら密かに毎年期待しています。

 朝届いたブリは、夕方から佐千夫が捌いてくれました。大きなブリを見事な刺身にしてくれたのですが、伊達に調理師の免許は持って無いでしょう? 修善寺の友人から毎年届く本物のワサビとの相性は格別。多分こっちも、この辺りのスーパーには売って無い?

大晦日はブリの刺身で

  最近はお餅は家では搗かず、隣町の山田旭堂へ糯米を持って行って搗いて貰っています。以前は我が家では30日に餅搗きをしていたのですが、これでは親戚に送るのに間に合わない事も、プロにお願いするようになった理由です。まあ、一番大きな理由はこっちが年を経たことでしょうね。

  めずらしく紅白歌合戦を見ながら、鏡餅の準備をしました。床の間には当然大きなお鏡さんを準備するのですが、各部屋の鏡餅は数も減らし大きさも小さめにしています。

他の部屋の鏡餅も準備

  お仏壇は美代が磨いてくれた輪灯を組んでから、高坏に鏡餅を載せてお供えします。お正月には朝夕家族揃ってお経を上げ、「お勤め」をします。

お仏壇も綺麗にしました

  お正月の3日間はこれが我が家の定番料理。それぞれにいわれのある食べ物ばかりなので、お雑煮と共に楽しみに食べます。もっとも御神酒は神棚へお供えするだけ。

  我が家は誰も酒を飲まないので、ほんの印だけ杯に入れて「おめでとうさん」と言うだけです。

お正月の定番お節料理です
プロフィール

 平井 貞夫

Author: 平井 貞夫
 かじや村は鍛冶屋村。私の住む戸数10戸の小字名。
「かじや村便り」は平井農産のホームページに載せていましたが、平成22年5月号からブログへ移行しました。
 青文字の部分をクリックして頂けば、関連するブログやホームページへ移動します。
 
 滋賀県高島市安曇川町田中  平井肥料店/平井農産

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