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多賀大社へお詣り

 土曜日、多賀大社へお詣りに行って来ました。美代と佐千夫は月詣りをしているのですが、私は昨年の「ゆうな」の七五三詣り以来で1年振りです。

お多賀さんへお詣り

  安城から来る佐紀子達も私達も車で駐車場へ入るので、境内まで歩いて来て鳥居の外を回って一旦境内を出て、改めて鳥居をくぐってからお詣りします。

  元気いっぱいの「ゆうな」は、太鼓橋を独りで上がれる様になりました。

正面の太鼓橋を独りで上がれる様になりました

  最初に手洗舎で手と口を清めるのですが、作法通りに出来る様になりました。

手順通り手と口を清めています

  残念ながら「裕大」の方は風邪気味で、無理を承知で前の日に学校へ行ったので、ダウン寸前。

裕大は風邪気味

  「祝・七五三」の形に育ててある菊の前で記念写真。「ゆうな」の注文で祖母ちゃんも同じポーズ。

祖母ちゃんにも同じポーズを要求

  「ゆうな」が手を開いて上げているのは、4歳の意味だそうです。「裕大」は我慢の限界。

五十嵐家の記念撮影

  「裕大」を連れて祖母ちゃんが風邪薬を探しに行ったので、「ゆうな」は境内の砂利で独り遊び。

境内の砂利でも遊べます

  いつもは佐紀子達と一緒に食事をして別れるのですが、「裕大」が風邪薬を飲んんで寝てしまったので、私達は佐千夫が気になっているというステーキハウスへ行きました。

  敢えて店の名前 (B…B…)は書きませんが、かまどで焚いた魚沼のコシヒカリだとか、部位別に注文できるステーキだとか仰々しいだけで、味は共に普通以下でガッカリでした。会計は3人分で5,010円だったので、1万円札に10円を添えて出すと、「1万円からで宜しいですか?」
思わずムカッとして、「良いから出してるんやろうが!」
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新穀感謝祭

  南市区の惣社神社で新穀感謝祭が執り行われました。天気予報が少しずつ後ろにずれ、今日は一日中曇りの予報だったのですが、夕方まで穏やかな日差しがあって暖かい祭典になりました。銀杏はまだ少し青葉が残っています。毎年よりすこし黄葉が遅れているようです。

惣社神社の銀杏はまだ少し青いですね

  この銀杏の黄葉は、安原電気の文雄君の手で昨年からライトアップされています。今年も16日から始まりました。昨日は銀杏の下で一丁飲もうかいという飲み会をしました。

  昨年から始めた飲み会ですが、実は南市区の公式行事。有志が会費を払って、飲んで騒いで雑談をするという会合。昨日は高島市の福井正明市長(市長は区民)も、手作りの「フナ寿司」を手土産に参加。わずか3時間ほどですが、気心の知れた仲間とわいわいするのは楽しい事ですね。 

銀杏のライトアップ

  午後2時から始まった祭典には、惣社神社の氏子総代と南市区の区長・評議員が参列します。

惣社神社で新穀感謝祭

  神社のお供えに使われるお餅には、我が家の滋賀羽二重糯を使って頂いています。

神社のお供えのお餅も我が家の滋賀羽二重糯

  お祭りや祇園祭などには純米酒「かじや村」をお供えする事もあるのですが、今日は新穀感謝祭なので新米を2㎏の真空パックしたものを、二種類お供えしました。

我が家のお供えは新米二種類

  田中神社の伊藤宮司の祝詞で新穀感謝祭が執り行われました。

伊藤宮司の祝詞

中学校の同窓会

 安曇川中学校を昭和32年に卒業した、9期生の同窓会を開催しました。4年おきに開いていたのですが、お互い年やから2年おきにしようと言い出して初めての同窓会。

 しかしこれまでは冬にやっていたのを初めて11月にしたら、何かと忙しくて参加出来ないと言う同窓生が多くて、卒業生314人中の58人が来てくれました。

参加者全員で記念撮影

  既に鬼籍に入った仲間も約15%になります。もっとも住所不明で連絡がつかない者も多いので、実数はもうすこし多くなるかも知れません。そんな仲間に「黙祷」

黙祷

  幹事を代表しての挨拶では、「年とともに出不精になり自分で世間を狭くしている。今日の同窓会がそれを打破する良い機会になればと思う」と話しました。

  同時に、「安曇川町内には90名の同窓生が済んでいるが、まず出会わない。と言うより、出会っていても気付かない。住所録も大いに利用して欲しい」と言うことも。

名簿を準備

  乾杯のこの写真は超広角レンズではなく、左右3枚撮ったものをソフトでつないだもの。皆さんがしばらく動かなかったので、上手く繋がってくれました。
 
乾杯

  体調が悪くて参加できないが、名簿だけでも欲しいという仲間も居て、彼の為に同級生に集まって貰って記念撮影。名簿と写真を一緒に届けようと思っています。

7組だけで記念撮影

  二次会も同じホテルの別室で開催。カラオケ大会でしたが、最後は皆で「琵琶湖就航の歌」を合唱して解散。写真集は、HP「かじや村から」の中の「身辺雑話」に載せています。

二次会

稲刈りが終了

  南市区の「ハローウィーン・ザ・南市」が1日に終わると、待っていてくれたかのように雨。中2日空けて4日に中生品種を刈取りに行ったのですが、順調だったのは最初だけ。

こっち側は乾いていて順調

  圃場の北側にある水路の川床が高くて毎年バックホーで掘るのですが、肝心の圃場がグチャグチャなので、近寄れないのです。お陰でこの通り。無理せず途中で左折しました。

水路側はグチャグチャでした

  水路のある北側5mほどは残して南側を先に刈ったのですが、何と圃場の西半分にはまだ水が載っていて驚きました。これ程水捌けの悪い状態は、お預かりして3年で初めて。

水口部分10㎡ほどは佐千夫が手刈り

  10月初めに水戸尻を抜き、圃場の両側に手溝を切って排水を図ってあったのに、その付近だけは乾いたものの中の方の水はそのまま。ちょっと理由は分かりませんが、10月が平年の1/3程しか雨が降らなかったのを考えると、全く信じられません。

この辺りまで水が溜まっていて驚きました

  週末から雨になる予報。乾燥機が片方空くので最後のヒノヒカリを刈取りました。残念ながら3反2畝ある圃場整備田は、田植え直後に野生の鴨のカモになり、真ん中の大部分を食害されてしまいました。見つけた時には10羽くらい泳いでいたので、ガックリ。

  すっかり気落ちして、畔草刈りはしましたが穂肥時期を見誤り、穂肥の施肥量も少なかったので草丈も最低。従って収量も殆どありませんでした。地主さんには被害田としての申請をお願いしてあったのですが、どうやら無視されたようです。

野生のカモの食害の結果です

  今年最後の稲刈りになった家の近くのヒノヒカリも、苗が無くなって周囲が隅まで植えられず放置。穂肥も十分で無かったのか、こっちの田も極めて不出来でした。

南側から写すと余計にいボケますね

  稲の色合いも極めて不満の残る状態。肥料不足で背丈も穂長も例年の半分ほどで、これでは収量は期待できません。それでもこの状態で刈遅れでは無くて、水分22%でした。

  今年の米作りには反省点が多々あります。来年全部が解決できるかどうかは分かりませんが、道筋だけは頭になかに出来上がっていますので、また頑張らないと。

一見刈り遅れのような色ですが

ハローウィーン・ザ・南市

  「ハローウィーン・ザ・南市」 が開催されました。数日前まで天気予報では曇りのち雨だったのですが、雨は少し後ろにずれて終わり頃に曇ってきただけ。絶好のお祭り日和でした。

 南市は昔、北に隣接する五番領区にあった五番領城の城下町として発展した商人の街。今はスーパーに押されて商店も少なくなりましたが、それでもこれだけの行事が組めるのは、近隣の町村では少ないかと思っています。ハローウィーン・ザ・南市は、岸田区長の挨拶で始まりました。

岸田区長が開会の挨拶

 県道200m余りを歩行者天国にした会場では、安曇川中学・高校吹奏楽部のマーチングバンド演奏で、旧・安曇郵便局の局舎前から行進がスタートし、交差点で折り返しました。

安曇川高校吹奏楽部のマーチ

  マーチングバンドに先導され、ハローウィーンの仮装行列が行進。家族連れが多く子供さんが大勢歩かれたので、静かな普段と違って大賑わいの感じでした。

  南市区にはこんなに大勢の子供さんは居られないので、区域外から参加された方が多かったのかと思われます。仮装されてもいて、とても確認は出来ませんね。

ハローウィーンの仮装パレード

 ハローウィーンは仮装して騒ぐお祭り、という認識が一般的になので、本来は秋に収穫を祝うお祭りだという意味で、我が家はYES(安原エンジンサービス)の賢君の手伝いを得て餅つきをし、参加者の皆さんに振舞うことにしました。準備したのは滋賀羽二重糯を1斗。餅つきは5臼でした。

  数年前、孫と餅つきをするのに臼をきれいに修理したのですが、今回出してくるとあちこちに虫の穴があって慌てました。取り敢えず目立たない程度に応急処置をしたのですが。

全部で5臼搗いたのですが半分は私

  餅つきは賢君と交代で担当。しばらく(多分7年程)やってなかったので途中で息切れするかと心配していましたが、腰を痛める事もなく無事終了。一昨日は糯米を1斗洗い、今日は5臼とも臼取り(手返し)をしてくれ小どりもやってくれた美代の方が、私よりはるかに大変だったと思っています。

  お手伝いをしていただいた婦人会の方々は、どなたも臼取りの経験がないとのことで、どうしても無理なら私が臼取りをしようと覚悟?を決めていたのですが、助かりました。

賢君と交代で餅つき

  幸い手伝いの婦人会の方が多くて、大助かりでした。美代と熊谷さんがオロシ餅を担当。ほかの方々がきな粉餅を作って、いずれも小さなパックに入れてお渡ししました。

おろし餅用に小どり

  道路際でお餅を搗いているのがよく見えたこと。昔は何処のお宅でも年末には餅つきをしていたのに、今では搗いても餅つき機。臼と杵での搗きたてのお餅を食べる機会はそんなに多くは無いので、お陰で行列が出来る程大好評でした。来年もぜひやりたいと思っています。

お客さんは行列になりました
プロフィール

 平井 貞夫

Author: 平井 貞夫
 かじや村は鍛冶屋村。私の住む戸数10戸の小字名。
「かじや村便り」は平井農産のホームページに載せていましたが、平成22年5月号からブログへ移行しました。
 青文字の部分をクリックして頂けば、関連するブログやホームページへ移動します。
 
 滋賀県高島市安曇川町田中  平井肥料店/平井農産

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