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田ノ神さん

  部屋の中に居ても聞こえてくるゴーゴーという音に、今日が熱気球大会だったのを思い出しました。今年で第38回になるそうですが、安曇川町の琵琶湖岸の近江白浜から離陸します。

  琵琶湖を横断して対岸の能登川を目指すのですが、その前に幾つもの熱気球が我が家の上空を越えて、山の方まで飛んでいました。こちらは安曇川町内遊覧飛行の部だとか。

  十箱の藪の上空に浮かぶ熱気球…のはずが、肝心の熱気球はどんどん高度を下げながら南の方へ飛んで行きました。中には山の谷筋を飛ぶ気球もあって、残念ですが仕方ないですね。

琵琶湖横断熱気球大会

  昨日夕方から滋賀羽二重糯の精米をしていたのですが、佐千夫が遅くまで頑張ってパックしておいてくれたので、お昼前に取りに行って来ました。佐千夫は夜中から魚釣りで小浜行きです。

  途中、昨年鴨川が決壊して大きな被害を出した辺りを通りました。まだ道路の東側はこれからですが、ようやく西側だけは圃場が元通りに綺麗に整備されていました。

来年は2年振りに田植えが出来そうです

  10俵余りの滋賀羽二重糯を精米し、5㎏と3㎏・2㎏の真空パック包装にします。このうち3㎏パックは田中神社へのお供えで、1年分の必要量は45㎏ほど。

  年末とお正月に必要な18㎏は12月に届けるので、段ボール箱に入れています。後のお米は保冷庫に保管しておいて、祭礼のあるごとにお届けしています。

滋賀羽二重糯の精米が完了

  今日は「田ノ神さん」。この辺りでは少し訛って「タナカミサン」と言うのですが、一番先に神様が使われるお箸をネコヤナギの小枝を使って作ります。

  今年は余り枝振りの良いのが無くて、何本か切り取って来たのですが全部細くて曲がっています。他所の田の畦に生えているのを貰っているので、我が家の藪にも植えるかなと思案中。

田ノ神さんのお箸

  1年間農作業を見守って頂いた「田の神様」に感謝して、赤飯と大根・魚をお供えします。魚はこの時期川や池で捕るのは難しいので、近年はジャコで代用しています。

田ノ神さんのお供え
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オークション

  8月にパジェロを廃車したので、私が足代わりに乗れる車が軽トラだけになりました。しかしこれからの雪道を考えると2駆の車では動きが取れないので、車検が切れた19日にこちらも廃車。

  これで此処10日ほどは全く自分専用の車が無い生活が続いていました。必要のある時には美代の車を借りていましたが、やはり何かと不便なので、毎週土曜日に岐阜羽島で行われる自動車のオークションに、自動車屋の親父さんと一緒に出かけてきました。

  新車なら現物を見なくてもカタログだけで良いかも知れませんが、中古車は写真やデータだけでは不安が残るので、実物を見た上で応札しようと一緒に見て回りました。勿論どの車もドアが開いていて、動かすことは出来ませんがエンジンを掛けてチェックすることも出来ます。

  岐阜羽島のインターを下りて5分ほどの所でしたが、ありとあらゆる種類の何千台もの車が並んでいるのは壮観ですね。雨が降って無くて仕事が暇な時期なら、見て回るだけでも楽しそうです。

ずらりと並ぶ軽トラ

  オークションはこの建物の2階で行われます。勿論その場にはIDカードを持った会員しか入れないので、私は1階でテレビ画面に写るのを見ながら待っていました。

  外国人の姿が目立ったのも意外でした。耳をそばだてて聞いていましたが、何処の國の言葉か全く分からなかったので、風貌から見ても多分中東?の何処かかな。

  書類選考?で4台をリストアップして貰っていたのですが、実車を見てこれにしようと決めた車がオークションでは、3台をパスして一番遅く競りに係るのをちょっと心配していました。

  あらかじめこちらの予算を言ってあったのに、途中でそれでは厳しいかも知れんと電話が入り、少しなら頑張って競って下さいと返答。此が成功して予算を少し上回った金額で落札出来ました。

オークションはこの建物の2階であります

  落札してから改めて見に行って来ました。平成12年型のハイゼットで、パワステは付いていますがエアコンは無し。走行距離は考えていたより少し多かったのですが、まずまずでしょう。

  フロントにクロームメッキのグリルがはまっていること、座席の素材がビニール製ではなくクロス張りだったことなどから見て、元々少しグレードの高い車だったのかも知れません。

前から見たところ

  丁寧に見ていくと、年式と走行距離相応の錆びや傷がありますが、先日まで乗っていたハイゼットよりは数段上。少し手入れをし冬用の装備も付けて、可愛がって乗る積もりをしています。

  自動車屋さんに陸送されてきてから整備して陸自で登録し、我が家へ届くのは来週末か週明けになりそうです。ナンバープレートは電話番号にあわせて0126(・126)でお願いしました。

後ろの画像

ハウスのコーナー

  ようやく土が少し乾いて来たので、ハウスのコーナーの裾を埋めました。シートは22x14mの大きな一枚物なので、横面と妻面がつながっています。

  初めの頃は、新品のシートを切れなくて此をこのままハウスに被せたので、裾を埋める時にコーナーの部分がしわくちゃになって仕舞っていました。

南西の角

  コーナーでも地中に埋める部分は、カッターナイフで切っても強度的には何の問題もないと考え、今では新品の時から裾を大胆に切り裂いて埋め込んでいます。

北西の隅

  四隅を切り裂いてシートの裾を地中に埋め込んだので、ちょっとスッキリしました。これで妻面のシートをシルバーに換えるとき、きちんと処理すれば更に綺麗になるかと思っています。

西側からの全景

東京へ日帰り出張

  連休明けから天気が悪く、昨日は久々に晴れたというのに東京で会議があり、国際農業者交流協会と国際農友会の理事会に出席しました。

  農繁期だと疲れていて、新幹線では大抵居眠っていますが、今は農閑期。静岡を過ぎる頃にはカメラを取り出して、富士山を写すべく準備をしていました。トンネルを抜けるといきなりこの景色が現れるので、あらかじめ構えていないと間に合わないのです。

富士川で富士山を撮影

  いつもは千駄ヶ谷から行くのですが、天気が良いので信濃町で下りました。途中にシチューの美味しいレストランが有るのですが、何と昼時で長蛇の列。時間が無くて諦めました。

  聖徳記念絵画館の前で写真を撮ろうと思っていると、絵画館を写生しておられる方が有りました。まだ途中でしたが、かなりの腕前の方とお見受けしました。

絵画館を写生しておられました

  直ぐ隣には国立競技場があります。

国立競技場の青山ゲート

  更に進むと左手奥に日本青年館が見えて来ます。道路1本を挟んで国立競技場と対峙しているのですが、国立競技場が東京オリンピックのために拡張されるので、取り壊される運命なのです。

日本青年館は国立競技場の直ぐ側

  建設された当初から、海外派遣農業研修生が帰国した時の宿舎だったので、毎年帰国研修生を出迎えに行って、一緒に宿泊していました。無くなるのは寂しいですね。

オリンピックで無くなる日本青年館

シートの裾・北側

  この前の霜で枯れたかと思っていたのだそうですが、大きな白いバラが1輪だけ咲きました。

10㎝ほどの大輪のバラが咲きました

  ハウスの北側は日当たりが悪いので、裾の部分は何時でもグチャグチャ。隣が野菜畑なのでバックホーは入れず、佐千夫と2人掛かりでスコップを使って側溝を掘りました。

  6年前に埋めた緑のシートまで掘り下げたのですが、2時間がかりでした。この部分は土を埋め戻したら排水路の底になるのですが、前からのシートがそのままなので4重になっています。

日陰で土が乾かずグチャグチャでした

  土入れは全体のバランスを見ながら。まず所どころに土を入れてから、次はその間に土を戻し段々と埋めて行きます。土が湿っているので、口で言うほど楽な作業では無いのですが。

バランスを取ってまず所々に土入れ

  何とか昼までに埋め戻しが済みました。積み上げた土を踏みつけ、シート際を高くして土を斜面にし、一番下を少し低くすると畑の畦との間が排水路になります。

此処までくれば後はコーナーの処理だけ

  午後から南側の側溝の土を均し、排水口も確認。表の道路側で一番目に付く東南の隅だけを、取り敢えず処理しました。後は天気を見ながら、残りの三箇所のシートの隅を埋める予定です。

  まだ前後の妻面の張り替えが残っていますが、此処まで出来たら冬の大雪にも大丈夫。入り口のドアを少し大きくしたいので、そんな事も含めて冬下に色々と思案するかと思っています。

一番目立つ所だけ処理しました

シートの裾・南側

  昨日午後からシートの裾を埋める側溝を掘り始めました。この作業をスコップでやるのはきついのですが、今年はバックホーが大活躍。シートを破らない様に気は使いますが、作業は楽々。 

ハウスシートの裾をバックホーで掘っています

  新しく掛けたシートだけでなく古い緑色のシートも持ち上げて、その前に掛けていた黄色いシートの上の土も均しています。スコップだと此処まではなかなか出来ないのです。

  バックホーの操作に慣れてくると、古いシートの上に載っている土をかなり綺麗にすくい取れるのですが、肝心の古いシートがデコボコしていて時々引っかけて仕舞います。

古いシートも持ち上げて均しています

  風を孕んでシートが歪んで仕舞わないよう、両端に入っているロープをハウスバンドでパイプに止めています。これで多少風が強くなっても、シートがめくれ上がる事はありません。

  妻面に被っているシートが、前の緑色や黄色・オレンジ色のシートの時より深いので、妻面のシートをシルバーに入れ替えるときには、換気口を工夫しないといけなくなりました。

両端はハウスのパイプに止めました

  側溝の土を上げ終わると新しいシートを下ろし、引き攣れが出来無いようスコップで所々に土を入れてから、 改めてバックホーで土を入れてゆきます。

  この作業は新しいシートの上に土を載せるのですが、バケットから土を下ろすときに近づき過ぎて、シートを破らないよう神経を使います。

土を埋め戻し 

  この後は、バックホーではシートを引っかけて破りそうなので、スコップで土を戻す予定。風で飛ばなければ良いので、もう少し土を薄目に入れても良いかなと思っています。

この後はスコップで土を均します

ハウスのシート

  農作業は天気次第とはいえ、独りでは出来ない仕事は皆の日程調整が必要。何時も無理を言って、シートを掛けるのを手伝って貰っている幼なじみの洋一君が、手伝えるのは今日と25日だけと言って来ました。25日は雨の予報なので、もう一人に無理を言って今日来て貰いました。

  昨年10月バックホーを譲って貰うのに、福島の高橋君の所へ一緒に行った安原エンジンサービスの賢君ですが、その時のユニックでシートを吊ってハウスの上に載せる作戦です。

YESの賢君がユニックでシートを載せてくれました

  シートの梱包を解き、皆で慎重に方向を確認してユニックで吊り上げ、最終的な位置合わせは佐千夫がはしごの上から行いました。ベルトを解くと予定した位置にピタリと載って、作戦成功。

佐千夫がシートの位置合わせ

  後は力任せにシートの端を持って引っ張るだけ。洋一君が南側を佐千夫が北側を引っ張って延ばして行きました。こう書くと簡単な様ですが、楽に引けるのは最初の数メートルだけ。

横は友人と佐千夫が引っ張っています

  直ぐにハウスの頂上部で折り重なったシートが滑らなくなります。ここからは私の出番。写真は有りませんがハウスの上に乗って、奥の方から少しずつシートを引っ張ってシワを伸ばします。

私は屋根の上に載って引っ張って広げました

  シートハウスの南側は紫外線を浴びて、まるで紙のよう。頂上部は既に穴が空いています。このシートは6年前のクリスマス寒波で破れたので、翌2009年の2月に掛けたのですが。

5年前掛けた緑色のシートは紙同然

  シートを伸ばし終えると、両側の紐を締めて四隅のパイプに仮止めします。妻面のシートの張り替えには時間が掛かりますが、取り敢えずシートが風を孕まないようにしておかないと。

隅は紐を絞ってパイプに止めます

  昼前にシートを掛け終わりました。後は両サイドを掘ってシートの端を埋めたら、今年の冬は安心して過ごせます。風もなく穏やかな天気なので、明日には何とか仕上げられそうです。

  最近の報道ではどうやらエルニーニョ現象が発生したようで、アメリカは記録的な寒波に見舞われています。変化の激しい気象状況が日本に来ないとは限らないので、注意しないと。

此でこの冬は大丈夫

米穀検査

  農作業は天気次第。数日前からトラックに積んでシートを掛けてあったのですが、どうやら今日は一日中「高島時雨」は無いと見て、米の検査に行って来ました。まずは山田錦を検査場へ。

山田錦を検査に

  JA西びわこの低温倉庫で検査を受けます。例年はトラックに積んだまま検査を受けるのですが、今年は次にヒノヒカリも有るので、先に運んで来た山田錦を一旦下ろして貰いました。

山田錦を一旦検査のため荷下ろし

  山田錦は隣の田のヒノヒカリがイモチ病に罹った影響を受け、イモチの気配があったため穂肥を控えたので、穂が小さく登熟も十分では有りませんでした。イモチの被害粒の白い死米や少し茶色く変色した茶米も見られ、残念ながら検査等級は3等でした。

  山田錦は米粒の中心に心白という乳白色の部分が有るのですが、この心白の発現も不十分。心白は登熟良好な玄米の中心部に現れると言われているので、施肥設計を見直さなくては。

山田錦を検査

  山田錦を検査して貰っている間に、加工米のヒノヒカリを取りに帰りました。

ヒノヒカリを検査に

  ヒノヒカリは悠々と1等。市内の農家は殆どがコシヒカリを作っておられて、収穫期の遅いヒノヒカリは人気が無いようですが、我が家の場合は元々コシヒカリが遅いので、全く気になりません。

  初めて作ったヒノヒカリですが、イモチの気配で品質を心配していました。非常に綺麗だったのですがイモチの被害粒もあったのに、これで1等なら来年はもっと積極的に肥料を入れられそうです。

加工米のヒノヒカリを検査

  帰ってから山田錦の中米を再選別しました。佐千夫が石抜機に30㎏ずつ入れグレーダーを通します。検査米は網目2.0㎜で抜くのですが、今年の山田錦は稔実歩合が悪くて、米選機から大量に落ちて仕舞いました。此を普通の米と同じ規格で再選別したら、22袋の中米が出たのです。

  完全なイリコはわずか3袋。此が普通の米ならそれほど悪い出来では無いのですが。

山田錦を再選別

新穀感謝祭

  10時から南市の惣社神社で、新穀感謝祭が執り行われました。境内には大きな銀杏の木が2本あるのですが、鳥居の傍にある方がかなり色付き黄葉してきました。

惣社神社で新穀感謝祭

  惣社神社は南向きなのですが、内側から見上げると上の方は素晴らしい黄金色でした。

銀杏の葉色は今が最高

  惣社神社は田中神社の伊藤宮司にお願いして、祭典を執り行います。

田中神社の伊藤宮司が祝詞奏上

  何時も写真を撮る足場の辺りにこんな木の切り株があり、ヒコバエ?が出ています。15年余り前に枯れてきて、放置できないからと田中祭りの後宴祭に、南市区の役員総出で切り倒しました。

  切った木が神社の社の方へ倒れないよう皆さんにロープで確保して貰い、チェーンソーを持って木に登り上から順に枝を切り落とし、徐々に輪切りにしていきました。最後は3m位を一気に。

此もヒコバエでしょうか

  新穀感謝祭なので、本当なら農家がお供えを持ってお参りに来るのが当たり前じゃ無いかと思うのですが、毎年南市区と惣社神社の役員さんだけが参列します。ちょっと寂しいですね。

南市区と惣社神社役員さんが参列

  我が家は2種類の新米をお供えしました。滞りなく祭典が済んで、宮司さんがお供えを撤饌。

我が家のお供えは新米2袋でした

  数日前から惣社神社の銀杏が、安原電気の文雄君の手でライトアップされています。写真では少し赤く写っていますが実際には非常に綺麗な黄色で、昼に見るのと何ら変わらない程です。

銀杏がライトアップされました

毎日籾摺り

  和歌山の藤井農園から九度山の富有柿が届きました。九度山の富有柿は日本一の品質を誇る名産品。早速お仏壇にお供えしました。如何にも秋!という色合いが素晴らしいですね。

富有柿をお仏壇にお供え

  金魚草は、昨年は植木鉢で作っていたと言うのですが、多分そこから種がこぼれたのでしょう。今年はコンクリート水路とアスファルト舗装の隙間から芽を出し、一人前に育ちました。

金魚草がこんな所に生えました

  夕顔の花が終わって蔓が枯れてきました。成熟した種を探して美代が毎日採取しています。

夕顔の蔓が枯れて種が稔ってきました

  今日の仕事始めにフォークリフトの座席を修理。アメリカで農場実習をしていたとき、近くの農場へ配属になった仲間の研修生が、トラックの助手席の真ん中に座るときに農場主に、尻を浮かせて内側へ移動しろと言われたと、愚痴っていたのを思い出しました。

  永年使っているとそんな小さな気遣いの積み重ねで、こんな風にシートを破らなくても済むのでしょうね。私の様に足が短いと、どうしても着座する前にシートの角を擦って仕舞うのですが。

フォークリフトの座席を修理

  山田錦と加工米のヒノヒカリが済んだので、昨日から年貢米に持って行くコシヒカリの、第2陣を籾摺りしています。今日は何度も「過負荷」の表示が出て、乾燥機が止まって仕舞いました。

  その度にバケットの下の籾を出して原因を究明。多分古くなって少しひび割れが見られるベルトだろうと2本も交換したのにまだ止まるので、今度はバケットのベルトが緩んでいるのかと少し増し絞めしました。新品に交換してから少し伸びたのでしょう。これでO.K.。大山鳴動何とか…でした。

  倉庫の中は籾を入れたフレコンが減ってきて、米袋が増えてきました。フォークリフトで移動するとき、米袋を積んだパレットは非常に気を使います。先日はパレットが壊れて危機一髪でした。

倉庫は籾のフレコンと米袋で一杯

加工米も不作

  加工米のヒノヒカリを籾摺りしました。 加工米はこの袋に入れます。この袋の「近江米」の字は、書道家の大田左享先生の書。植樹祭で天皇陛下に献上されたお米のために書かれたものです。

  全国各地の米袋を見ますが、この「近江米」の文字が中央にある滋賀県産米の袋のデザインは、素晴らしいですね。「近江米」のロゴは、我が家のシールにも使わせて頂いています。

「近江米」の文字は素晴らしいですね

  加工米には「品種名」と「氏名」の二種類の印判を使います。年号と住所の部分は手書きしていますが、こっちの部分も印判にするかどうか、そんなに手間では無いので思案中。

加工米にはこの二種類の印判

  近江米の袋に米を詰めると、こんな風になります。全部印判にした方が格好いかな?

米が入るとこんな具合

 残念ながら加工米も不作でした。加工米は4枚で4反歩の田に作付けしたのですが、元々あまり米が取れない田が多く、しかも昨年は酷いイモチになったので、イモチの菌が残っている可能性も高く、天候不順の夏を考えると十分に肥料を入れられ無かったのです。

  いくら不作であっても加工米は、最初の予定通りに出荷しなければならない契約になっています。今年もまた何処か他の田の収穫から補充しなければなりません。

  来年は頑張らないといけないのですが正直に言うと、食用のお米と違って加工米とか飼料米とかを作るのには、いまいち気合いが入らないのです。

加工米も不作でした

山田錦を籾摺り

  昨夜、ブログのアクセスカウンターがもう少しで43210になりそうだったので、自分でクリックしてちょっとだけ進めてから写真を撮りました。ご覧頂く方が少しずつ増えているようです。

アクセスカウンターが43210になりました

  今日は朝から上天気。乾燥機で待機中だった山田錦を籾摺りしようと思い、コンバインを玄関先の田に出して、稲株に沢山の蘖(ひこばえ)が出ているのに気がつきました。

  「ひこばえ」が出るのは稲株の根が元気な証拠なのでしょうが、肥料分を使い尽くさなかった?のかも知れません。


玄関先の田は蘖が目立って来ました

  山田錦は市内マキノ町海津の吉田酒造で醸造され、来年2月頃には純米大吟醸「かじや村」になります。米穀検査にはこんなスタンダードの袋を使います。

  「醸造用玄米」「山田錦」「平井貞夫」「住所」などは判子を作ってあります。私の氏名印は若い頃自分で下書きし、判子屋さんに手彫りして貰ったものです。

米の袋に押印して臼摺りの準備

  20俵は入る乾燥機なのですが、出来たのは12俵半弱。やはり穂肥を十分に入れられ無かったのが響いて米粒が小さく、2mm以下のいわゆる中米が7俵近く出て仕舞いました。

  P/S 次の日、もう一台小さい乾燥機で乾かしていた方は、籾嵩は少なかったのに13俵ありました。圃場の地力の違いで登熟歩合に差が出るのですね。毎年こうなるのですが。

山田錦は平年作かなあ

  摺糠ワゴンには摺り糠が20俵分しか入らないので、途中で一度散布に行きました。まだ田面が軟らかいので、本当はぬかるみやすい田へ持って行きたいのですが、今日は苗代跡地の下へ。

  田面が乾いていない状態で、ぬかるみ易い田へ摺り糠を散布すると、トラクターもワゴンも車輪が泥だらけになって仕舞って、帰り道の道路を汚して仕舞うのです。

臼摺りの途中で摺り糠を散布

  山田錦を乾燥機1台分だけ臼摺りし、夕方から佐千夫と精米に行って来ました。この日曜日には佐千夫が主宰するチームのサバイバルゲームがあり、参加する仲間へのお土産になります。

 帰り道で幼なじみから「満月がキレイ!」とメールが届きました。月食の時とはやり方を変えて、いつものカメラで撮ってみました。これくらい綺麗に撮れるなら、月食の時もこのやり方で撮ったら良かったのに、と反省。それでもやはり実物を見ているの方が感動的ですね。

満月を撮ってみました

  メールの返信にこの写真を添付して送ったら、「たまごの卵黄みたいと」言われて仕舞いました。しかし彼女が何人かの友人に転送したらみんな感動!ケータイの待ち受けにされるそうです。

最後の稲刈り

  明日から天気は下り坂。台風20号の進路はかなり東寄りですが、雨は別。最後に残ったヒノヒカリを午後から刈り穫りました。途中でポツポツと雨が当たったのですが、酷くなくて幸いでした。

  この田はなかなか水が入らなくて、ようやく土砂降りの雨の後で代掻きをし田植えをしたのですが、昨年はとんでも無いイモチ病に罹ったので心配していました。

  イモチの菌が当然残っているので、思い切った穂肥も入れられず、背丈は短いし穂も小さくてこれでは収量は望めませんね。地主さんの話では、この田は昔から米は取れないのだとか。

かなり変形した田で作りにくいのです

  いつもの様に外周を刈り終わった所で佐千夫が来て、コンバインに乗ってくれました。昨日コンバインの引き起こしチェーンを締めたのが功を奏して、ガタガタと言う音がしなくなったので、残ったチェーンのテンションも少し締めました。お陰でかなり静かな稲刈りになりました。

  この田は我が家では一番の変形田。最近は水口付近の三角は無視して、植えていません。田面は適度な湿り気があって、お陰で籾の刈り取り水分は22%。悪くないですね。

佐千夫は上着を着て運転

  昼前に和歌山の藤井君から九度山の柿が届きました。2軒となりの親戚が一昨日、伯父さんの7回忌やが家族だけで法事をしたのでと言われ、お供えに持って行くべく頼んでおいたもの。

  如何にも秋の色合いで、どんな果物よりも豪華ですね。夕方お参りに行ってきました。

九度山の柿が届きました
プロフィール

 平井 貞夫

Author: 平井 貞夫
 かじや村は鍛冶屋村。私の住む戸数10戸の小字名。
「かじや村便り」は平井農産のホームページに載せていましたが、平成22年5月号からブログへ移行しました。
 青文字の部分をクリックして頂けば、関連するブログやホームページへ移動します。
 
 滋賀県高島市安曇川町田中  平井肥料店/平井農産

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