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初霜・初氷

  昨夜から冷え込んで今日が寒さの底とか。鹿児島や熊本でも雪になったとニュースが流れましたが、滋賀県では比良連峰でさえこの前のような雪にはなりませんでした。

  それでも田んぼでは、レンゲに霜が下り水たまりには氷が張って、厳しい寒さになりました。雪になったら予定していた畦直しの仕事が出来ないので、天気が良くて大助かり。

レンゲは霜で真っ白になりました

  バックホーのアワーメーターが297.1で止まったままなので、このままだとオイル交換の時期などが分からなくなるため、出かける前にバラして見ましたがどうも電気的な故障の様子。

  仕事には差し支えないので、川床が高くて畦を超えて水が入り、秋になっても乾かないのでコンバインで周回できず、稲刈りに難儀するもう一枚の田の畦を、直しに行って来ました。

手前ほど水漏れが酷くてグジャグジャです

  昨年からお預かりしたこの田は、川沿いの手前の端に水口があるのですが、長年に渡って小作していた者が手入れをしてこなかったツケが回って来たのでしょう。畦が低くて水が盛り越して入ります。面積ではほんの1畝程ですが、一年中こんな風に水が入っていて乾かないのです。

  前後進を繰り返している内に段々とバックホーが沈んで、横へ移動するのに一端バックしようとしても、クローラが滑って仕舞います。少しならバケットで押して出るのですが、酷くぬかるむ水口の近くだけは3回ほど、佐千夫にトラクターで引っ張らせて脱出しました。

次第に煮え込んでバック出来なくなります

  川床を掘り下げ、対岸から川の中まで蔓延っていたマコモを根こそぎ掘り取ったので、川幅も広くなり流れが淀む心配は無くなりました。川向こうの田の方までは手を出せないのですが、少なくとも隣接する田の耕作農家から文句を言われる心配は無くなりました。

  畦が低くて軟らかかったので、畦の下部から染み込んで来る水も有り万全とは言えませんが、これだけ畦の上に土を積み上げたら、かなり効果が有るのじゃ無いかと思われます。出来たら上から押さえ込みたい所ですが、まずはこのまま春まで様子を見てみようと思っています。

対岸の草も一緒に浚えました
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山田錦の再選別

  山田錦は、2.0mmの網目の選別筒を使って籾摺りをしました。56袋弱の玄米があり55袋を米穀検査に出しましたが、米選機から出たイリコも合計19袋ありました。

  飯用の粳米は1.75mmで選別すれば検査は通りますが、これでは粒の小さい米や被害粒・未熟米が混じるので、普通は1 .80mmとか1.85mm 或いは1.90mmの網目で選別します。

  山田錦の場合は、籾摺りをして出てきた小米を全部イリコにするのは勿体ないので、粳米用の選別筒を入れた米選機を通して再選別します。これで収穫した玄米は3種類に選別出来ます。

  我が家ではこんな態勢で再選別をしているので、雨が降れば全くお手上げ。幸い今日は良いお天気だったので、1時間余りで綺麗に再選別出来ました。出来た中米は12袋でした。 

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  こういう場合、フォークリフトでパレットを持ち上げ、玄米を石抜機に入れます。石抜機には玄米2袋が入るのですが、シャッターがあって少しずつ米選機に入れる事が出来ます。

  籾摺の時点で既に石抜機を通しているので、本来この過程は必要無いのですが、米選機のホッパーは小さくしかもシャッターが付いてないので、米選機に少しずつ玄米を入れながら選別するには、二度手間な様ですがこの方が楽なのです。 

  山田錦のイリコを普通の網目で再選別した中米は、酒屋さんが甘酒を造るのに使ったりします。二度目も米選機から落ちた山田錦は、普通のイリコと混ぜて業者に売り渡します。

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  今年は55aの田で山田錦を作り、56袋弱の玄米に中米が12袋半とイリコが7袋出来たのですが、元々稲はかなり長くて部分的とはいえ少し倒伏していました。

  例年と比べると稲穂が短く、しかもかなり酷くイモチに罹っていた事を考えると、収量自体は稲刈り前に心配した程悪い結果では無かったので、不思議な気がしています。

13-11-27-4697-1.jpg

京都で同窓会

  4年振りに農芸化学科の同窓会を、京都・百萬遍の「梁山泊」さんで開催しました。集まったのは9名でしたが、まだ現職で仕事をしているのは私を含めても3人だけ。

  今回は幹事を担当した第1講座(土壌及び肥料学研究室)の仲間で相談し、うっかりとウィークデイに設定して大失敗。会社を休んで来てくれた仲間には、申し訳無い事をしました。

2年ぶりに同窓会

  亡くなった同級生に黙祷したあと一人ずつ近況報告をしましたが、それぞれの体調についての話題が多かったのは、我々皆んなが70歳を超えた事を考えると仕方ないですね。

  次の同窓会は2年後、京都で開くなら観光シーズンの秋を外して、第2講座の仲間が幹事をして開催する事を決めて、今日の会合を2時半過ぎにお開きとしました。もっともその後で、近くの喫茶店で長話を楽しんだので、皆と別れたのは4時を回っていましたが。

みんな70を超えました

朽木を案内

  幼なじみで、5反歩預かっている田の地主さんでもある西川文男君が、朽木で紅葉の綺麗な所を教えて欲しいと言うので、それなら一緒に行こうと案内してきました。

  最初に「朽木いきものふれあいの里」へ行き、次がお土産に鯖寿司や栃餅を買いたいと言うので「朽木道の駅」。我が家のお得意先農家が何人も、お餅や野菜のお店を出しておられました。

鳥打ち帽はお餅を中心に販売する横井真一君

  その次に行ったのは足利庭園で有名な興聖寺。たまたま姫路から団体が来られ、ご住職の説明を一緒に聞かせて頂けたのは運が良かったと言えますね。

  先代のご住職・森泰翁師とは、昭和41年に安曇川中学校で臨時講師をした折りに一緒だった事もあり、これまで何度も知り合いを案内して行った事は有るのですが、お寺の詳しい由来などをお聞きしたのは初めて。境内にあるお庭も500年の歴史があると聞くと、凄いの一言です。

  曹洞宗のお寺と言うことは知っていましたが、1243年の創建で本山の永平寺より2年も古いと聞いてちょっと誇らしい気分。ご本尊の釈迦如来像は重要文化財との事でした。

  境内の紅葉もまさにピッタリで盛りの時期。西川君が何枚もシャッターを切っていたのを見ても、穏やかな秋晴れに恵まれ、いい時期に訪れる事が出来て幸運だったと喜んでいます。

他のお客さんに邪魔されないで撮影出来ました

ゆっくり出来る紅葉狩りの名所です

  少し時間があったので生杉まで車を走らせ、ブナの原生林を見に行って来ました。この前孫を連れて来たときは、スズメバチがいて危険との表示が有ったのですが、今日は大丈夫。

生杉にあるブナの原生林

  道路の反対側には、「琵琶湖・淀川の水源地」という新しい標柱が立っていました。気がつけば既に午後2時前。生杉集落の入り口にある「山帰来」に寄って、栃餅うどんと栃餅ぜんざいを食べ、3時の電車で帰るというので西川君を安曇川駅まで送りましたが、いい一日でした。

60周年記念銀桂会

  京都府立大学体育会スキー部が呱々の声を上げたのは、昭和28年。創部以来60年になるのを機会に、記念の銀桂会(OB会)を開催。数合わせをしたかの様に参加者は61名でした。

  何より素晴らしいと思ったのは、60年前スキー部を作るのにご尽力頂いた金森正雄先生、初代主将の浅尾俊夫先輩、初代主務の武居三郎先輩がお揃いでご出席下さったことです。

集合写真はプロにお願いしました

  銀桂会会長としてのご挨拶はしましたが、今日の私の任務は何時も通りカメラマン。ご祝辞を頂いた金森先生は93歳とご高齢ながら、亀岡のご自宅からお一人でJRでお出で頂きました。

金森先生は93歳で非常にお元気

  乾杯のご発声は、初代キャプテンの浅尾先輩にお願いしました。初代マネージャーの武居先輩は毎回の銀桂会にお出で頂いていますが、浅尾先輩とは多分30年以上お会いしていません。

  金森先生をお迎えに行って、山陰線の降車ホームでお会いしたとき、先輩の方からお声を掛けて頂いたのに、「浅尾さんですか?」とご返事。少し考え込むほど時間が経っていました。

浅尾先輩が乾杯のご発声
 
  銀桂会では会計を担当する中川君が、何十枚もの写真をパワーポイントで編集してくれ上映しながら会を進めましたが、被写体になっているOB達が写真を見ながらワイワイと説明。12時半から3時半までの時間内に全部終われるかな?と、心配したほどの盛り上がりでした。

  全員の参加では無かったのですが、現役のスキー部員が多数出席してくれました。これを機会にクラブに身を置く素晴らしさ、人と人との繋がりの大切さを知ってくれたらと思っています。

出席した現役学生たち

  この会が飲み放題の設定だった事もあって、純米酒「かじや村」は2本だけしか持って行かなかったのですが、あちこちで大好評。先輩だけでなく、若いOB達や現役の選手までも美味しいと言いながら飲んでくれたのを見て、ちょっと意外な感じがしました。

純米酒「かじや村」は大好評でした

  ちょっと意外だったのは、長年京都府スキー連盟の役員をしていた事に対して、感謝状と記念品を用意しておいてくれた事。名前入りの多機能筆記具を頂きました。

多機能筆記具を頂きました

山下惣一さん

  明日23日、市内の今津総合運動公園で行われる「2013たかしま産業フェア」で、同時開催される「高島農業振興大会」に、山下惣一さんが講演されるという記事を見付けました。

このパンフレットで見付けました

  山下惣一さんは佐賀県唐津市にお住まいで、農民作家として高名な方。私も何冊か山下さんの著書を持っていますが、ご子息が派米農業研修の後輩でなので、是非講演会に行ってお会いしたかったのですが、あいにく明日は府大スキー部OB会:銀桂会の60周年記念大会。

  銀桂会会長の私が記念のOB会を欠席する訳にはいかず、それでもどうしても山下さんにお会いしたくて予定をお聞きすると、安曇川駅前のウエストレークホテルに前泊されるとのこと。主催者にお願いして、お食事会の済んだ9時にホテルでお目に掛かって来ました。

  遠路お出で頂いてお疲れのところ、無理を言ってコーヒーを飲みながら少しお話をさせて頂きました。取り敢えず記念写真に入って頂きましたが、此処に載せたら叱られる?かな。

山下さんと記念写真

バックホーで畦直し

  玄関先の田へ入る市道からの進入路は取り払ったのですが、どうももう一つスッキリしないので、思い切って水路の上に載っている土も取り去りました。ただコンクリートの蓋は今のところまだ残しています。しばらく様子を見てこの蓋も取って仕舞うかも知れませんが。

水路の上の土も取り去りました

  なかなかバックホーだけで綺麗に畦を成形するほど、操作に慣れている訳では無いので、少しスコップでも土を移動しましたが、スコップだけでこれだけの土を動かすのはどだい無理。

  時間は掛かっても、バケットで土を掻き取ったり積んだ土を押さえたり、バックホーで何度か手直しを繰り返していると、何本もレバーのある機械の操作に慣れて来るのを実感します。

まだ少し手直しは必要ですが

  昼前に同じ水路の上流にある別の田の畦を直しに行きました。我が家からはほんの50mほどの所にある2反歩の田ですが、水路を挟んでいるため農道からは行けないので、わざわざ遠回り。それでも300m程の距離なので、トラックで回送するのは止めて自走して行きました。

  川床が年々高くなるのに畦は年々低くなって、畦を超えて田に水が染み込みます。田面が乾かないので稲刈り前には手溝を切らない限り、コンバインでの刈り取りは大変になります。

この角は特に低かったので田の土を積み上げました

  秋に手溝を切る分だけ少し畦から離して田植えをするのですが、畦塗りも出来ないので草が進入し、年々畦が広くなっていました。今日も水が入っていて、バックホーでも上手く前後進しながら仕事が出来るのか心配でしたが、何とか畦と田を一緒に削り取って畦に積み上げました。

 まだ土を積んだだけなので、これで水の染み込みが押さえられる訳では有りませんが、堀り下げた田の畦際はこのまま排水路として残そうかと思っています。

水路からの水漏れを防ぐため土盛りをしています

バックホーで初仕事

  昨日得意先農家の籾摺りが済んだので、ちょっと仕事に余裕が出来ました。それでも午前中はまだ精米し発送する準備をしていたのですが、一段落したので念願のバックホーでの初仕事。

  4年前からお預かりしている玄関先の田は、農機具庫の直ぐ前がこの田の一番下手になります。我が家が作る場合にはそこから自由に出入り出来るので、他の農家が小作しておられた時には必要だった上手の市道からの進入路は必要無く、前々から取って仕舞いたかったのです。

  進入路を削り取りました

  道路との高低差が大きいと進入路は必要なのですが、進入路があると田は矩形にならないので、畦塗りにも田起こしにも田植えでも稲刈りでも、とにかく農作業には邪魔になります。

  殆ど石が入っていなかったので作業自体は楽でした。ただ、掘って行く内に水路から水が漏れているのを発見。もう少し掘って確かめるだけの時間は無かったので、今日は此処まで。

  草刈りの手間や水路の管理を考えると、水路の上に載っている土やコンクリートの蓋は、取り除いた方が良いかもしれません。全部取って仕舞えば水漏れの原因も分かるかと思われます。

何と水漏れ箇所を発見しました

  それでもこうやって眺めて見ると、畦が真っ直ぐになるので来年は仕事がし易そうと分かります。もっともまだバックホーを上手く使いこなせないので、畦は土建屋さんのようには綺麗に成形出来ず、掘るには掘ったもののちょっと不細工なので、少し手直しが必要なようです。

  田面を均したり畦を成形したりの作業は、来春の田植え前のトラクターで出来ます。逆にトラクターではどうしようもない仕事を楽々としてくれるバックホーは、やはり凄いですね。

これだけ削ったら大丈夫

乾燥機へ籾張込み

  今日で摺糠を焼却するのは3度目になりますが、これでようやくイモチに罹った田の籾殻処分が終わります。幸い良い天気が続くので、摺糠が順調に燃えていて助かりました。

  一番西側(右端)に置いた一昨日の分の摺糠は、既に完全に燃え尽きて白い灰になっていて、真ん中の昨日の分も殆どが燃えて黒っぽい灰になっていました。それでも少し燃え残っていたので、完全に燃えて仕舞うよう念のため燃え残りには、改めて灯油を掛けて燃やしてきたのですが。

籾殻焼却は今日でお終いです

  山田錦の籾摺りを終え大小2台の乾燥機が空になったので、9月に我が家のコンバインで稲刈りをし、乾燥機で乾燥して以来お預かりしている得意先農家のコシヒカリを、改めて小さい方の乾燥機に張り込みました。明日本人さんと一緒に籾摺りをする予定です。

  我が家の作業場は狭く、乾燥機の前にある籾摺機・石抜機・計量選別機を外へ出して仕舞わないと、乾燥機に籾を張り込む事が出来ません。大きな倉庫があればこういう事は雨降り仕事なのでしょうが、我が家では天気が悪いとシートハウスから籾を運んで来ることさえ出来ないのです。

こんな態勢で乾燥機に籾を張り込んでいます

  専用のパレットにフレコンを載せて、籾を乾燥機に張り込みます。フレコンはその下部から籾が出るのですが、そのために使うこのパレットには、真ん中に穴が空けてあります。

パレットを下から見上げるとこんな風になっています

  籾は乾燥機の横から張り込むようになっているので、大きなフレコンから直接入れるのは構造上無理。しかも我が家では乾燥機が2台並んでいますので、どうしようもありません。

  稲刈りの済んだ籾も小型のフレコンで受けるので、籾の張り込みには特製の滑り台を作って使っています。何度も造り直して現在はこの滑り台で、大小両方の乾燥機へ入れています。

滑り台を使って籾を乾燥機へ張り込んでいます

山田錦の検査

  今朝も摺糠(籾殻)を燃やしに行ったのですが、昨日の摺糠がまだ少し燃え残っていて、圃場整備されて周囲に家の無い地域だからこそ出来る有り難さを、改めて実感しました。

  今日は佐千夫が一緒だったので、私はトラクターで少しずつ移動。農道の川沿いに摺糠の山を作り、最後にはまだ燃えている昨日の摺糠の山と繋げました。

昨日の燃え残りに続けて籾殻を出しました
 
  このままでも多分段々と燃えてくるのでしょうが、念のため摺糠の山の何カ所かに新聞紙を突っ込み、その上から灯油を掛けてからバーナーで点火しています。

  稲が植わっている時は別にして、普段は摺糠は圃場がぬかるむ場所を中心に、稲刈りの済んだ田に撒いています。しかし来年イモチ病の発生源になりかねないので、イモチに罹っていた加工米や山田錦の摺糠は田に撒く訳にいかず、勿体ないですが摺糠ワゴン2台分を燃やしています。

バーナーで点火します

  一昨日から山田錦の籾摺を始めたのですが、紙袋を少な目に買っておいたので途中で足りなくなり、昨日は日曜日で農協が休みだったので量販店に買いに行きました。

  少し様式が違うので、検査に出すのだからと店で確かめたのに、今朝念のため農協へ持って行って尋ねると、検査証明書の部分が無いので検査用には使えないとのこと。

  加工米が散々な出来で収量が無く、山田錦もイモチに罹ってあまり出来が良くなかったので、多分平年作の30俵はとても穫れないやろうからと、袋は20俵分だけ準備していたのですが28俵弱もあって、仕方なく検査に行く前に農協で買ってきた袋に移し換えました。

量販店の袋から農協の袋へ入れ替え

  米を入れ替え、大急ぎで昼食を済ませて農協の検査場へ急行。大豆の検査をしているからという職員さんにそれ程待って貰うこともなく、大幅な刈り遅れで少し胴割れが見られるとの事でしたが、無事に検査は終了しました。これで稲刈りは一段落しホッとしています。

山田錦の検査に行って来ました

山田錦の籾摺り

  比良連峰の初冠雪は14日にはすでに解け始めていて、一番高い武奈ヶ岳でさえ山肌が少し白く見える程度。もっともまだ11月半ばなので、それ程早く降って貰っては困るのですが。

初冠雪の武奈ヶ岳も雪が消えかけました

  天気の良い内にと、加工米の籾を乾かしながらコンバインの大掃除。田の中で粗方のワラゴミを取り除いてから、改めてコンプレッサーで吹いてから片付ける予定です。

粗方のゴミを田の中で大掃除

  加工米の籾摺りが終わったので次は山田錦。乾燥の済んだ籾はフレコン5杯に入れて保管してあったのですが、2台の乾燥機に入れ戻し、昨日から籾摺りをしています。

  最初フレコン2杯を入れ戻した小さい方の乾燥機を摺って10俵を超えたので、3杯入れた大きい方の乾燥機からは計算上15俵?くらい出てもおかしく無いのですが、2枚の圃場がかなりイモチに罹っていて刈り取りにも難儀したので、ちょっと信じられませんでした。

  しかし結局合計で28俵弱あり、あれだけイモチになって酷かったのにと、不思議な気分です。えっそんなにあるのかな?と籾摺りをしていて、年貢米を取りに来られる予定だったのでトラックに積んでいたお米をカラスに突かれました。袋は一空きの綺麗なのを甥っ子の米屋さんから貰うので、いくらでも有ると言えば有るのですが。入れ替える手間が腹立たしいですね。

カラスは米を食べるより袋を破る方に興味が有るようです

羽二重糯の精米

  姉の嫁ぎ先の米穀店:萬木綱商店の綱次君から、昨日・今日と糯米を集中的に精米するとの連絡があり、朝から佐千夫と滋賀羽二重糯を15俵積んで精米に出掛けました。

  念のため荷物には雨に備えてシートを掛けて行ったのですが、行きも帰りも途中で小雨に見舞われ、特に精米の途中ではかなりの降雨が有ったので、この時期にはシートは欠かせません。

雨模様でシートを掛けて出掛けました

  雲が垂れ込めていて山頂は見えなかったのですが、比良連峰の蛇谷ヶ岳(902m)は中腹近くまで白くなっていました。蛇谷ヶ岳の左側にあって雲に隠れて見えませんでしたが、比良連峰の中では一番高い武奈ヶ岳(1214m)は、おそらく真っ白になっている事でしょう。

蛇谷ヶ岳は少し白くなっていました

  萬木綱商店では、まず玄米を石抜機で選別し精米機に掛けます。精米の済んだ米は、精米で割れた米をロータリー選別機で抜いてから色彩選別機を通し、カメムシの被害粒や病気に罹って変色した茶米などを抜いたあと計量し、真空成型器で2㎏又は5㎏の袋に真空パックします。

  田中神社の祭礼で一年間使われるお供えの鏡餅用の糯米は、特別に3㎏パックに成型して店の保冷庫で保管しておき、ほぼ毎月行われる祭礼には前もってお届けしています。

精米が済むとこんな風に真空パックします

  1俵だけは店で使うと言うので精米した後、14俵分は真空パックしトラックに積んで帰りました。「コシヒカリ」・「にこまる」などと一緒にこの「滋賀羽二重糯」も、あちこちにお送りする予定です。

  勿論他の粳米と同様に販売もしています。最近は何処の家でもあまりお餅を食べなくなっていて、少しだけ糯米を作るのは手間が掛かりすぎるので、稲作農家の方からも注文があるのです。

  とりわけ「滋賀羽二重糯」はとても美味しく、かつて富山県農試で「これ以上の餅米は無い」と折り紙を付けられたほど。しかし茎が細くしなやかで、注連縄などを作る藁細工には絶好なのですが、背丈が高くて倒伏し易く非常に作り難い品種なので、段々と作る人が少なくなっています。

  しかも他のウルチ品種が混じらないよう、コンバインも乾燥機も稲刈りの前後に丁寧に大掃除をしなくてはなりません。この事も皆さんが作るのを敬遠される原因なのでしょうね。

パックが済んだ糯米をトラックに積んでいます

冬支度の始まり

  稲刈りが終わってもまだまだ農作業は残っているのですが、明日から急激に寒くなるとの天気予報で、冬支度を念頭に色々な片付けものを始めました。美代は鉢花の植え替えです。

まだ植え替えたばかりですが

  明日は雨の予報で、何時も雨になると水が溜まる倉庫の前を、バックホーで均してみました。流石に排土板の威力は大したもので、何度かやっている内にかなり平らになりました。

倉庫の前を地ならし

  足元を見ながら前後進を繰り返している内に、ちょっと寄りすぎてバケットの爪で、苗箱を引っ繰り返したのはご愛敬。アームを上げるとバランスが悪いかと下げていたのも一因です。苗箱くらいなら積み直したら済みますが、大事な物を壊さないようにしないと。

苗箱をひっくり返して仕舞いました

 この後は田の畦を少し削って成形してみました。毎年畦を塗っているとどうしても太くなるのです。畦塗機ではなかなか修正出来ないので困っていたのですが、畦や田の土は軟らかいのでバックホーのバケットで掻き取るのは楽々でした。もう少し慣れたら水の漏れる畦を直す予定です。
プロフィール

 平井 貞夫

Author: 平井 貞夫
 かじや村は鍛冶屋村。私の住む戸数10戸の小字名。
「かじや村便り」は平井農産のホームページに載せていましたが、平成22年5月号からブログへ移行しました。
 青文字の部分をクリックして頂けば、関連するブログやホームページへ移動します。
 
 滋賀県高島市安曇川町田中  平井肥料店/平井農産

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